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ガンへ移行します。

ホルモンと女性

身体だけではありません。心についてもポスト更年期への備えは必要です。たとえば、あなたが現在53歳だとします。20才で成人式を迎えてから33年が過ぎ、もし平均寿命を全うする後半の人生がちょうど始まったばかりです。
としたら、今はちょうど成人期の折り返し地点。
人生が待っているのでしょう。
この先、どんなもちろん、若いときのエネルギーはすでにありません。寝る間も惜しんで遊び、仕事をした活力あふれる日々はもう戻りません。寂しさがないといえば嘘になります。また、将来を考えると、ガンやアルツハイマなど病気の心配だってあります。脳卒中で半身不随になる可能性もゼロではありません。しかし、若さを失ったことを嘆き、病気や訪れるかもしれない不幸を心配しながら、喜びや活力もなく暮らすには33年は長すぎます。
すでに失ったものを数えあげる時間があったら、今手にしている能力、将来伸ばしていける才能を数ぇて新しい生き甲斐を見いだし、その準備を始めるべきでしょう更年期の私たちには若さの代わりに豊かな経験があります。物覚えが悪くなった代わりに物事を分別する力が備わっているのです。いまや、更年期のあとにある人生は単なる余生ではすでになく、もうひとつの花開く人生なにか新しいことを始めるのに十分な時間があります。しかも、うれしいことは前半生と違って、結婚や子育て、家族の世話、会社の出世競争といった社会的な義務や責任が格段に軽減されているのです。
ガンへ移行します。
ガンも防げます。

  • 健康被害はさらに深刻です。
  • 神経が生
  • ホルモンのはたらきによるものです。

ストレスを感じたときに食べたり飲んだりするという

自由にいかようにも自分らしくあつらえられるのがポスト更年期の人生なのです。ここに登場してくださった体験者の方々のほとんどは、更年期のあとの人生をどう生きていくか答えをみつけていました。ある人はいままで最優先させていた職場を捨てました。また、大切だと思っていた広い人間関係を整理し、大切な仕事により集中できるような環境づくりを始めた人もいました。まさに、朝に大切だったものが午後にはそれほどでもないと気づいた結果でしょうか。また、更年期にキャリアを捨て、専業主婦になる選択などは人生80年時代だからこそ、独身女性の選択肢として大いにあっていいと思えます。症例でご紹介した何人かの嬉しい後日談をご紹介しましょう。前のページのピアニストの石田恭子さんは、現在ソシャルダンスとアルゼンチンタンゴにはまって、アマチュアの世界チャンピオンを目指して特訓中です。病院通いやカウンセリングにかかっていた費用が、そっくりダンスのレッスン費に移行し、経済効果は100%とか前のページの田口早苗さんは取材当時、出口の見えない状況で、とても気がかりだった方です。
その後、早苗さんは別の婦人科を訪ね、そこで会った医師との相性がよかったこと、処方された精神科の薬の効果もあって症状が改善。さらに医師のアドバイスで会社の社長に現状を訴えたところ、社長自身が男性更年期の真っ只思いがけず早苗さんの病状に深い理解を示して、2週間の休暇をとることができました。超がつく激務から解放されて休養を得られたのもさることながら、上司に理解してもらえたことが早苗さんにとっては大きな癒しになったようです。同じ前のページに登場した小学校教師の本橋小夜子さんは、学校を退職したあと、数カ月後再び学校に勤務するとになったと報告がありました。とはいっても「今までとは全く異なる身分と仕事内容」です。適度な刺激と緊張感を感じながらの仕事。「現在の選択は良かったと思う毎日です。自分のために使う時間を持てる喜びをしみじみと感じています」と手紙に綴られていましたポスト更年期の人生の設計図を書くために、大きな知恵をかしてくれる本があります。米国のジャーナリスト、ゲイル·シーヒィの著書『ニュー·パッセージ新たなる航路』徳間書店です。シーヒィは初めて更年期と正面から取り組んだ書として知られる『沈黙の季節』の著者としてよく知られています。

ガンも防げます。

医学書から学ぼう

ニュー·パッセージでシーヒィは、45才からの心の発達のステージについて考察するため、7年の歳月をかけて、国勢調査局と共同調査を行いました。その間に500人の男女へインタビューし、7880人の男女を対象に調査を試みています。
同書には更年期女性だけでなく、45才以降の男女を問わず人間の生き方のヒントがぎっしり詰まっています。ぜひ、ご一読をお勧めします。ただ、現在は版元に在庫がないようなので、図書館をご利用ください。
シーヒィは中年期について、次のような示唆に富んだ助言をしています。
『第二成人期』(シーヒィは40代半ばからの人生をこう名付けた)への移行期間と取り組む年齢には、男も女もかなりのばらつきがある。もし、標準があるとするなら、45歳は若さの晩年を意味し、50歳は『第11成人期』の青春の始まりである。
中略『小さな死』は必要な冬なのだ。そこで休息し、強くなり、栄養をとりこれから来る長い成長の季節に備えるのだ。実際には、永遠に続く春のように見えていたわたしたちの若い成人期の終わりが見えてきたときこそが、わたしたち自身を作り直すチャンスなのである。
「心理学的には、新しい自我が生まれる前には何かが死ななければならない」といいます。一定のキャパシティの中で新しい何かを得るためには、手持ちのものを捨てなければならないのは当然でしょう。
治療を受けておく

細胞が毎日少しずつ骨を溶かしている。

女性の更年期はいわば死と再生を体験する時期だと考えるなら、人生の中でもただならぬとき。あせらず、ゆっ休み休み事を進めるにかぎります。そして、「更年期をなにごともなく過ぎてしまう人もいるのに、なぜ私ばかりがこんなにつらい思いをしなければならないの」と嘆いているとしたら、こう考え直してみてください。
更年期はつらい分だけ、あるいは失うものが多いほど、より新しくより豊かで充実したポスト更年期が約束されているのだとでは、ポスト更年期の人生、より豊かで充実したものにするためにはどうしたらいいのでしょう。シーヒィが考える、第二成人期でもっとも成功する人たちとして、同書の訳者の田口佐記子さんが、まえがきで簡潔に記しているので、ご紹介しましょう。

  • 人と競争したり人を喜ばせるだけに生きるのを、もうやめた人
  • それをしていると時間のたつのを忘れてしまうことを見つけた人
  • 家族、友人、他人と意欲的に連帯しようとする人つでもよいから何かを社会に還元しようとする人ポスト更年期、まだ先の展望が見えないというあなた、まずは自分のために使う時間を持てる喜びを大切に、夢中になれるものを見つけることから始めましょうか。
    今まさに更年期の川を渡りつつある人、岸辺に立ち尽くしている人、川が視野に入ってきた人。そうした女性たちにとって、本書が更年期の川を渡る際、「渡りに船を得たるがごとく」お役にたてれば、こんなうれしいことはありません。

    メタボ世代がかかりやすい病気

    からだの部位別に病気を分類し、それぞれの病気の症状や原因、検査法、治療法などを解説します。
    検査結果で疑われる病気があったら、その病気について知っておきましょう。

    高血圧

    いま医療機関で治療を受けている人のなかで、いちばん多い病気が高血圧で、で70%を占めています。

    薬野菜を買うこともできます。

    女性は各年代で男性より約10%少なくなっています。
    患者数は約750万人と推定されています。
    その割合は、男性は40代で40%、50代で50%、60代で60%、70才以上高血圧は脂質異常症高脂血症とともにサイレントキラーといわれます。どちらもほとんど症状はなく、腎不全などの重大な病気を起こして死に至る恐れがあるからです。音もなく忍び寄る殺し屋というわけです。
    知らないうちに脳や心臓、腎臓などの血管が障害され、やがては脳卒中や心筋梗塞日本人の死因の第1位はがんで約30%、因の一つが高血圧なのです。
    第2位と第3位は心臓病と脳卒中で、合計すると30%を超えます。

    つまり、日本人の3人に1人は心臓病や脳卒中で亡くなっているわけですが、その重要な原症状·原因.二次性高血圧
    本態性高血圧
    高血圧には、態性高血圧は、他の病気が原因で起こる年齢とともに血管の弾力が失われたり、と、汚れがたまって血管が狭くなったりするなど、はっきりした原因がわからないのに、中高年になって始まるとがあります。
    高血圧患者のほとんどが後者です。
    本老化現象が要因になっていると考えられます。
    血圧は絶えず変動しており、一般に、寝ているときには低く、起きて活動していると上昇します。早朝は低く夕方になると高くなりますが、もし朝起きたときの血圧が高かったら、動脈硬化が進んでいる可能性が高いので要注意です。また、気温の高い季節は低めになり、寒い季節は高くなりがちで、冷たい刺激は血圧を上昇させます。
    病気で予後不良

    症状が主体の急性期によく使わ
    症状が主体の急性期によく使わ

    健康を守ってくれています。

    血圧は精神的な影響を受けやすく、怒ったり興奮するなど精神的緊張が高まると上昇し、リラックスしていると下降します。医療機関で血圧を測ると、緊張してふだんより血圧が高くなることがあり、白衣性高血圧と呼ばれます。
    また、本態性高血圧は素因が関係していて、約70%に遺伝関係が認められます。両親に高血圧の人がいたら、30代から血圧に注意をはらうようにしたいものです。
    初期の高血圧はほとんど症状がありません。進行すると、頭痛、めまい、動悸などの出る人もありますが、出ない人も多いため、症状に頼るのでなく、こまめな血圧測定で発見に努めることが大切です。検査·診断.血圧の検査は単に血圧を測定するだけでなく、関連のある病気について調べる検査が行われます。二次性高血圧が疑われるときは、その原因となる、腎臓病糸球体腎炎、腎盂腎炎などや木ルモンの病気(原発性アルドステロン症、クッシング症候群、褐色細胞腫など)を調べるために、血液や尿の検査が必要です。また、高血圧のために起こる動脈硬化の進行度を知るため、胸部X線検査、眼底検査、心電図検査、頭部CT検査などの検査も行われます。
    血圧は変動しやすいため、1日に時間を決めて、2~31回測った結果によって診断されます。収縮期血圧140mmHg、または拡張期血圧90mmHgを超えると高血圧と診断されます。
    高血圧学会が示しているコントロールの目標値は、65才以上の高齢者は14090mmHg、64才以下の人は135/85mmHgです。治療が必要とされるの数値は、ほかのさまざまな条件によって違ってきますが、収縮期血圧が160mmHg以上、拡張期血圧95mmHg以上が目安になっています。

    治療

    高血圧であることがわかっても、よほど血圧が高い場合をのぞいて、すぐ降圧薬を投与することはありません。まずは生活指導を行います。塩分を減らす、太りすぎを解消する、不摂生や過労を避け睡眠と休養を十分にとる、ストレスをためない、運動不足を解消するなどです。そうした生活改善をしても、あるいはできなくて、まだ血圧がt分に下がらないときに、はじめて降圧薬を投与することになります。

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    細胞にダメージを与えるのでしょうか。

    病気で予後不良

    が、もともとメイクアップの専門家。「技術屋なので食いっぱぐれがないと思っていた」ようです。
    私が南田さんにお会いしたのは退職して1年あまりたったころ。会社をやめて大きく変わったことはありますか、と尋ねると即座に「みんなから顔が変わったといわれますよ。以前はよく主人に『また眉間に皺を寄せて』といわれてたのがすっかりふっくら穏やかな顔になったようですよ」
    と答えが返ってきました。ウツ的な症状の中で不眠が完全によくなっていないものの、した。一時途絶えていた友人たちとの飲み歩きも復活しています。
    他はすっかり消えま退職後の生活についてサラリーマンはみんなそうだと思うけれど、朝起きると習性のように会社に足が向いてしまう。恐ろしいもので。それがなくなるのに半年かかりました。とにかくやめて、24時間を、1週間を、1か月を全部自分の都合で決められる幸せをしみじみ思います。
    母親に対しても『私、○日から△日まであいているからそっちへ行けるわ』と存分に親孝行ができる。実家へ帰っても日曜日にあわてて帰京しなくてもいいのが幸せです。それ以外にも、南田さんはいままで味わったことがなかった幸せをいくつも味わうことに。たとえば会社をやめてまもなく夫がたまたま怪我をして入院。それ自体は不幸でしたが、何十年も入院などしたことがなかった夫の2週間ほどの入院中、毎日病院へ通いました。存分に看病できる幸せ。当然、夫も喜びました。
    結婚した当初から忙しく仕事をしていた南田さんは、夫に満足にいってらっしゃいと送り出し、おかえりなさいと迎えたことはほとんどありません。仕事をやめて、家にいる時間が多くなると、食事もせっせと作るように。自然と夫も早く帰宅するようになり、2人で家で食事をとったり、ときには外食をしたり。遊びにでかける機会も増えていきました。
    現在はメークアップアーチストとしてフリーランスで仕事をするほか、美容学校でも教え、月の半分程度仕事を入れ、残りの時間はフリー。少し時間ができると、さっと電車に乗って旅行へも出掛けます。夫とゴルフへでかける回数も増えました。楽しみながら余裕を持って生きる生活は、これまで考えられませんでしたもちろん仕事への意欲も十分。

    うつの初期段階だとも言えるでしょう。
    症状のないことが多く

    • 症状といえます。
    • 薬の効果があらわれている証である
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    認知症に前頭葉

    南田さんがこれからも進歩していけると思えるのはどんなことでしょうと尋ねるとやっぱり美容のことですね。最近は年配の方でもきれいな人が増えている。50、60代の方はまだまだ若くてみんなおしゃれや美しくなることには関心があって、教えて、教えてと聞きにきてくださる。雑誌は残念ながら若い女性が対象のものばかり。私もたとえばリフォームのことについて建築家に教えてもらいたいことがあるように、私もみんなに伝えられること、役にたつことがあるのではないかしら。自分の知識や持っている技術で世の中に還元できることがあるのではないかと思っています。われわれ団塊世代はこれまでも流行をリードしてきたという自負がありますが、これからも我々の世代やそれより上の方たちのお役にたちたい。こうす。ればきれいになりますよとか、ここを押さえておけばいいというポイント、口紅の色などなど。自分のライフワークをみつけたと思ってます。私はこの仕事が嫌いじゃないからずっと続けていくでしょうし、喜んでもらえて、それがまた嬉しい、励みにもなります。70代の人でさえおしゃれに十分関心があるのですから、60代の方たちだってまだまだ可能性がいっぱいですもの。そのお手伝いをしたいですね
    と答えて、こう付け加えました。

    「あと、30年くらいは大丈夫じゃないですか、オイルを入れ換えましたから」

    で紹介した経験や症例から生まれた更年期を乗り切る知恵、

    楽にする秘訣い人から更年期じゃないですかと感情的に言われる。
    心得ておきましょう若い人にとって更年期ってどんなイメージかと尋ねてみると、「なんだかよくわからないけれど、調子が悪くなるもの」だったり、「元気だった人が急に具合が悪くなるもの」だったり。ちょっとつかみどころのないものといった答えが返ってきます。若い人から更年期を指摘されたら、「いつもと様子が違うけれど、大丈夫?」と心配していると解釈してはいかがでしょう。若い人の無礼を怒ったところで虚しくなるだけですからいい年をして感情の抑制が効かなくなるのにとまどう1更年期症状のひとつ更年期になると顔がほてる、汗っかきになる、動悸、息切れがするといった症状に始まって、夜寝付きが悪い、くよくよしたり憂ウツになったり……、これまでにはなかったさまざまな不快症状が顔を出すようになります。

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    病気をコントロールするためこのケースの亜紀さん

    そうなると気分も平常心ではいられません。イライラしたり、ちょっとしたことで腹がたったりしやす。くなりがちです。
    また、女性ホルモンのバランスのくずれは感情の中枢である視床下部にも影響を与えるために、感情の抑制が効かなくなるという症状は更年期に珍しいものではありません。ほかにが重なる時期でもあり、かつてないほど大きな精神的負担がかかっていることも考えられます。いい年をしてと自分を責めるのではなく、この年だからとありのままを受け止めると気が楽になるのでは。
    ら年齢は大きなライフイベント以前なら覚えていることをきなくなる。
    更年期年齢から始まりま50才前後くらいから物忘れがひどくなるとは、私自身も含めた、更年期の友人ほぼ全員の証言で、物忘れに関する話題になるとそれぞれ体験談が尽きないほどです。
    しかし、更年期を過ぎた60代の先輩たちは、「物忘れがいちばんひどかったのは更年期の頃だった」とも言います。いずれにしても物覚えが急速に低下するのが更年期の時期更年期症状というより、老化現象でしょう。
    ただ、更年期のウツ症状の可能性もあるので注意が必要です。前述したようにウツ状態になると行動とともに思考にもブレーキがかかり、書類を読んでも上の空、人の話を聞いても記憶に残らないということがおこりがちです。たえずメモに残しておく心がけ。
    こんなささいなことが更年期を楽にしてくれる物忘れに歯止めをかけたメモ用紙物忘れを嘆いても始まりません。
    私自身は記憶力の衰えの激しさに恐れをなして、メモ用紙の消費量も多くなりました。
    いと3年ほど前から毎日日記をつけることを心がけています。
    を愛用している更年期女性、多いようです。
    ちょっとした生活の知恵を働かせると、更年期がたいへん楽になります。
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    薬だけが吸収されて

    にずっしりのしかかっている仕事という荷をおろしたい1更年期症状の一つ更年期にあるキャリアウーマンにとって、体力の衰えや元気でやれる時間は限られてきたといった自分の限界を痛切に感じるのは、なんといっても仕事においてでしょう。そんなとき、仕事の理想を高く掲げてきた人ほど荷は重く感じるものです。達成感が得られないとしたら、あせりや挫折感を味わうこともこの時期にはありがちです。しかし、見方を変えるならこれは人生の転換期といえます。
    俵という荷をおろしたいというのは、まさに若いときに掲げた目標や理想を目指す生き方では、今後の人生全体を支えきれないと感じている証拠知らず知らずのうちにこうした問いなおしの作業を行っているのが、仕事を持つ女性たちの更年期ではないでしょうまだ30年余りあるこの先の人生、のしかかっている荷を全部おろすのか、半分にするのか、これから先の新のたな自分らしい人生を演出していくための選択の時期なのです。
    はなく、自転車や歩きを楽しもう
    という気持ちになればしめたもの全力疾走で駆け抜けるのも人生ですが、それだけが人生のあり方ではないのはいうまでもありません。とくに寿命が飛躍的に延びている我々の時代は、平均寿命の86才まで全力で走りつづけることなど到底不可能ここらで走って気持ちのいいペースを改めて確認してみるのも悪くないのでは船や自転車、歩きを試してみると見えてくる景色もちがいます。そのうえで、いろんな乗物を使い分けられるようになれれば楽しさがさらに広がります。
    |年を出してしまう自己のきっかけとしめたもの更年期の体力や気力の衰えは、言葉をかえれば無理がきかなくなるということです。

    薬の処方にもかかわります。

    がんばってやってきたことががんばれなくなる、それまで我慢できたことができなくなる、抑制がきかなくなってつい出したくない地金が出てしまうという失態も多くなります。そんなとき、失態を演じた自分をだからダメなんだと責めるのではなく、そんな素の自分を受入れ、中年期から老年期にかけてダメな部分をひっくるめてどう付き合っていくかを改めて考えてみるのはいかがでしょう。
    が増える1更年期ウツ症状のひとつと心得ましょう更年期のウツ状態になると外出がおっくう、人と会うのがいや、趣味の楽しみにも興味がなくなる。となると仕事ででかける以外には家で閉じこもりがちになり、ストレスがますますたまってつい食事とアルコールだけがはけぐちになってしまうことに。
    もちろん、その逆にまったく食欲をなくしてしまうケースもあります。
    自分が信じられなくなるしたことがないと更年期に入って体力的なことも気力についても否定される出来事が続くと、うのだろう、自分は大丈夫だろうかと思うのは、あなただけではありません。
    ば少しは気が楽になるでしょう。
    この先いったいどうなってしま典型的な症状のひとつと考えれングの、心字を知っていることが更年期をる助けになりまユングはフロイトと並んで無意識の世界に光を当てたスイスの精神医学者として知られています。ユングは「今日のライフサイクル研究の祖」といわれ、とくに中年期に関して心の発達について初めて注目した人として知られています。ユングについては心理学者の河合隼雄さんの一連の著作が入門書としてお勧めです。
    また、中年期あるいは更年期の心の発達に関して理解を深めたいという方には、『中年からのアイデンティティ発達の心理学』岡本祐子、ナカニシヤ出版、『ニュー·パッセージ新たなる航路』G.シーヒィ、徳間書店などが参考になるでしょう。

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    薬のように体内に注入して
    薬のように体内に注入して

    症状があって

    芸は身を助くならぬ知識は身を助くというわけです。
    や医療に頼ら年期と全面るそんな垂、越え方もあるの「中年期には人生の大きな転機がくる」。その大前提を理解し、さらにどんな事態が起きてくるのか認識していれば、更年期に現れる心身のさまざまな諸症状にもみだりに動揺せずに、乗り切れるかも知れません。備えあれば憂いなしは更年期対策にも当てはまります。ただし、それはたしかな情報に裏打ちされてのもの。とくに更年期からは無理は禁物です。いつでも他人の助けを求める柔軟な姿勢が大切でしょう。
    は自力るのがいちばん。
    これもユングの心理学から得た心構えでさまざまな更年期の症状を乗り越えて、より自分らしい後半生の人生をどう切り開くのか。更年期外来も心療内科もカウンセリングもあくまで強力なサポーターです。最終的には転換期を乗り越えて、自分らしく生きられる進むべき道を見つけられるのは、自分でしかないということでしょう。
    が深くなっていく
    ……そんな中年期を知っておくと楽になりま女性にとって更年期はまさに混沌という言葉がぴったりかもしれません。それまであたりまえのようにできていたことができなくなり、見えていたはずの将来が見えなくなったり、わかっているつもりだった自分がわからなくなる。まさに頭の中は混沌として、まるで霧の中に入ってしまったような状況が更年期です。
    てればいいのに
    と気づくのが更年期。

    これも前もって知っておくと楽になりまこれまではずっといろんなことに挑戦し、自分の可能性を試しつつ、領域を広げ続けてきた人が、更年期に入ったとたんに気づかされることはそれは、人生の残された時間の狭まりや自分の能力の限界です。これまでと同じペース、同じ分量でやり続けるのはもう無理と気づいたときに、混沌状態から抜け出すには、身の回りにある過剰になっているものを捨てる。これが第一歩ではないでしょうか。
    仕事を変えた人、人間関係を整理した人、自分自身へのこだわりを捨てた人……。
    年期症状の回復があざやかで、予後も良好のようですが。
    捨て方が大胆な人ほど更台が回転する、「周りに見えるそれまでと違う」。

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    細胞の外と内とで量の差がある

    うつの初期段階だとも言えるでしょう。

    生活上の注意点塩分は高血圧の重要な原因、塩辛いものを控え、塩分の摂取を減らそう。
    太るほど血圧は上昇する。食べすぎをやめて肥満を予防し、太っている人は減量が大切。
    不摂生や過労を避け、睡眠と休養を十分にとろう。
    悩み事や心配事は積極的に解決して、ストレスはため込まないように。
    適度な運動は血管の柔軟性を保つ。よく歩き、こまめに体を動かして運動不足を解消。
    便秘も高血圧の大敵。野菜と水分をたっぷりとって便秘を解消しよう。
    カリウムは塩分の害を減らしてくれる。さといもやバナナなど、芋や野菜·果物を十分に。
    脂質異常症高脂血症血液中の脂質コレステロールや中性脂肪などが多くなりすぎた状態を脂質異常症といいます。以前は高脂血症といわれていたものです。血液中の脂質が増えすぎると、それが血管壁にたまって血液の通り道を狭くし、動脈硬化を進めます。心臓の筋肉に血液を供給する冠動脈で動脈硬化が進行すると、狭心症や心筋梗塞を起こします。脳の血管で動脈硬化が進行すると、脳梗塞を起こしたり、認知症の原因になったります。
    コレステロールは、細胞膜やホルモンの材料となる脂質であり、中性脂肪は余分な栄養分を脂質に作り替えて蓄えたもので、いずれも必要不可欠です。
    コレステロールも中性脂肪ももとは脂質ですから、血液という水分の中では分離してしまうので、リポたんぱくというカプセルに詰めて血液に溶け込ませ、運ばれていきます。そのうち、体の各部分へコレステロ-ルを配達するのがLDL、余分なのを回収してくるのがHDL、それらの合計が総コレステロールです。ですから、LDLが多すぎれば血管壁に残されるコレステロールが増えて動脈硬化が進み、HDLが多ければ回収されるコレステロールが増えて、血管壁がきれいになり、動脈硬化が予防されます。それゆえ、HDLを善玉コレステロール、LDLを悪玉コレステロールと呼びます。
    中性脂肪が血液中に増えると、血液中のLDLが増加し、HDLが減少して、動脈硬化を進行させることになります。
    症状·原因.症状は初期のうちはほとんどありません。
    なったりするなどの症状がみられます。

    ホルモンと女性
    細胞や血液から水分を奪い

    • 医学博士
    • 症状についての知識が不可欠。
    • 細胞を死滅させるのです。

    検査より子宮腔内の観察が楽にできるうえ

    進行すると、特にまぶたにできたり、手のひらの筋が黄色みを帯びたり、アキレス腱が太く小指の先くらいの小さな黄色っぽいふくらみが皮膚それ以前に、これらの症状が出てくるのは、かなり進んでからですから、血液検査などで発見しておくことが大切です。
    食べすぎによる肥満がいちばんの問題点です。
    甘いお菓子の食べすぎ原因は食生活にあり、とアルコールの飲みすぎが原因です。
    コレステロール値が高いのは、肉類やバターなどの動物性脂肪のとりすぎ、中性脂肪値が高いのは、運動不足も原因になります。
    検査·診断.中性脂肪の値を調べます。
    血液を採取して、行います。
    また、動脈硬化を進める因子である、眼底検査、血糖値、頭部CT検査などで脳の血管の状態をチェックします。

    総コレステロール、HDLコレステロール、LDLコレステロール、尿酸値についても調べ、血圧測定も異常があって動脈硬化が心配されるときには、精密検査として、胸部ㄨ線検査や心電図検査で心臓を調べ、総コレステロールが220mld1以上、あるいはLDLが1401、de以上の場合を、高コレステロール血症J.HDLが40m0de未満の場合を「低HDLコレステロール血症」、を「高トリグリセライド血症」といいます。このうち一つでもあれば脂質異常症とされます。これらが合併している人も少なくありません。
    中性脂肪が150mlde以上の場合<基準値>|150-219mg/dl男性40~86mg/dl女性40~96mg/de70.-139mg/dl50149mg/de総コレステロールHDLコレステロールLDLコレステロール中性脂肪|治療.改善のために大切なのは食生活です。

    細胞や血液から水分を奪い

    免疫力の武器となるやく

    師はこれらの生活改善を指導して、食べすぎ飲みすぎをやめて、肥満を解消し、動物性脂肪の摂取を減らすなどです。
    また、散歩などの軽い運動で構いませんので、継続して実行します。
    医それでもまだよくならないときに、薬を使用します。
    さらに高血圧、脂質異常、最近、特に問題視されているのが内臓脂肪の害です。内臓脂肪とは内臓やその周囲にたまる脂肪で、糖のうち2項目以上が重なると、「メタボリックシンドローム内臓脂肪症候群」と診断されます。
    腹囲でそれを測定します。
    男性85cm、女性90cm以上あって、高血内臓脂肪は増えるとすぐに血液中に放出され、血液中の中性脂肪が増加します。その結果、悪玉のLDLが増え、逆に善玉のHDLが減少してしまうのです。また一方で、内臓脂肪が増えると、インスリンの働きが低下して血糖値が高くなる、動脈の傷の修復が妨げられる、血圧が上昇する、血が固まりやすくなる、などが起こります。このように、内臓脂肪は動脈硬化を進め、糖尿病を引き起こし、血栓を作って、心筋梗塞や脳梗塞の引き金にもなるのです。それゆえ、内臓脂肪を減らしてメタボを改善することも治療にとって重要です。
    生活上の注意点肥満を防止する。
    太っている人は減量の努力を。

    食べすぎをやめて、糖質のとりすぎをしない(砂糖、和菓子、ケーキ、清涼飲料など)。
    牛肉、豚肉、バターなど、動物性の脂肪の摂取を控える。
    魚類を多めにとる、魚の油には脂質異常を改善する働きがある。
    野菜、きのこ、海藻、果物など食物繊維の多いものをとる。
    卵、魚卵、レバーなど、コレステロールの多い食品を控える。
    アルコールの飲みすぎをしない。
    適度な運動をし、日常生活のなかでこまめに体を動かす。
    睡眠と休養を十分とり、規則正しい生活を。
    心配事や悩み事は積極的に解決して、精神的ストレスをためない。

    狭心症、

    こうそく心筋梗塞年をとると血管も老化が進み、弾力を失うとともに、年齢とともに動脈硬化が進みます。
    血管の内側に汚れがたまって、血液の通り道が細くなります。
    この現象を動脈硬化といいます。

    治療費が高い

    ケアが大切統合失調症という

    心臓の筋肉に血液を供給している冠動脈もその結果、心臓の筋肉が必要とする酸素と栄養供給が細くなった血管からでは間に合わなくなり、どして、心臓に負担をかけたときに起こりやすく、これを労作性狭心症といいます。
    胸が痛むなどの症状が現れます。
    これが狭心症です。
    早足で歩いたり、階段を一気に上るなまた、動脈硬化とはあまり関係なく冠動脈の血管がけいれんするために血液の通り道が狭くなって狭心症を起こすケースもあります。
    これを血管攣縮性狭心症あるいは安静時狭心症といいます。
    さらに動脈硬化が進行すると、血管の細くなったところに血のかたまり血栓が詰まり、血液が供給できなくなり、そこから先の筋肉が死んでしまいます。このとき、激烈な痛みに襲われます。
    これが心筋梗塞です。
    症状·原因立ち止まって1~2分休んだら、朝、家を出て少し歩いたところで、急に胸を締めつけられるような痛みを感じたので、を持っている方はいませんか。これは、まさに狭心症の症状です。
    痛みもおさまったので歩きだし、そのあとは何もなかった…。
    そんな経験狭心症の発作は、心臓が働きを高めたときに起こりやすいのです。たとえば、歩き始め、運動のし始め、急ぎ足になったとき、したとき、腹を立てたとき、タバコを吸ったときなどです。

    細胞レベルの研究

    こうした条件が重なると、特に起こりやすくなります。
    坂や階段をしるとき、食事のあと、寒いところにいたとき、興奮狭心症の自覚症状は、ともあります。
    胸が締めつけられるような痛みで、その痛みが左肩や左腕の内側、あるいはあごに向かって走ることもあります。
    人によっては、胃の痛みや奥歯の痛みとして感じるこしかし、静かに休んでいると間もなくおさまり、まいがちです。
    その後はまったく平常にもどってしまいます。
    前と同じように、あるいはもっと早足で歩いても、何ともないものですから、つい見過ごしてしもしも、こうした症状に思い当たったら、すぐに専門的な検査を受けてください。
    になり、やがて心筋梗塞へとつながっていきます。
    狭心症は短時間で症状がおさまり、それで死ぬことはありませんが、放つておくと繰り返し発作を起こすよう方、心筋梗塞が起こると、焼け火箸を突き刺されたような、鉄の爪で引き裂かれるような、などと表現される激烈な胸痛に襲われます。

    そのまま死に至ることも少なくありませんから、すぐ命は助かっに救急車を呼んで専門施設(CCU:心疾患集中治療室。主に心筋梗塞などの冠動脈疾患の患者を治療する施設)たとしても心臓の一部が損傷されてしまうため、心臓の能力が低下することになります。
    のある病院に入院しなくてはなりません。
    心筋梗塞の発作が起こると、検査·診断発作が起きたときでないと心電図に変化は現れません。
    狭心症を診断するには、心電図検査が決め手になります。
    しかし、そこで運動をしながら心電図をとる運動負荷心電図や、携帯用のホルター心電計をつけたまま1日生活をして記録する、24時間心電図をとると、だいたい診断がつきます。
    そのほか、血液検査で動脈硬化を進める危険因子であるコレステロール、心臓核医学検査、心臓カテーテル検査などを行います。
    中性脂肪、血糖、尿酸などを調べ、血圧を測定します。
    さらにくわしく調べるには、胸部ㄨ線検査、心臓超音波検査血管の詰まった部位を見つけ、心筋梗塞が起こったときには、緊急検査として、血圧と心電図をモニターしながら冠動脈造影を行い、経過を観察するためには、狭心症の場合と同じ検査が行われます。
    同時に血流を再開させる再灌流療法を施します。
    その後の治療.狭心症発作が起こったときには、安静にすることが大切です。医師にかかっている人であれば、ニトログリセリンなどの血管を広げる薬を処方されているはずですから、それを服用します。

    ホルモンと女性

    症状から始まったケース
    症状から始まったケース

    病気の芽を早めに摘み取ろう

    狭心症の治療目標は、発作が起こらないようにし、心筋梗塞へと進むのを防ぐことにあります。そのため、冠動脈を広げて血流量を増やす薬や血栓を予防する薬が使われます。カテーテルを挿あるいはバイパスを作る手術などを行うこともあります。
    舌下錠を用いてもよくならない、入して狭くなっている冠動脈を広げる、バルーン療法やステント挿入術、心筋梗塞を起こし、胸の激しい痛みを訴えて倒れたときは、院に行き、入院治療する必要があります。
    楽な姿勢で寝かせ、安静にします。
    10分以上も痛みがおさまらないときは、救急車でCCUのある病医療機関では、すぐに心電図を調べ、冠動脈造影で梗塞を起こした場所を確かめ、再灌流療法などを行います。
    ら、狭心症と同じように冠動脈の血流をよくする薬を用い、バイパス手術が適応であれば実施します。
    同時に、不整脈が起こりやすいので、その予防措置をとります。

    急性期を過ぎた多くの人は高血圧や脂質異常症などの生活習慣病があるので、狭心症でも心筋梗塞でも、行することが肝心です。
    その治療も行います。
    また、日ごろから病気の治療をきちんと行い、食事をはじめとする生活管理を実さまざまな調査や研究によって、狭心症や心筋梗塞の原因である動脈硬化を進める危険因子リスク·ファクターうにすれば、狭心症や心筋梗塞の予防が可能です。
    といわれるものが明らかにされています。
    この危険因子をなるべく減らすよ生活上の注意点脂質異常症、糖尿病、動脈硬化の原因になる病気を治療し、コントロールする。
    高血圧、心臓病の重大な危険因子であるタバコをやめる。
    肥満を解消し、予防する。
    適度な運動は血管を柔軟にして動脈硬化の予防に役立ち、また肥満の解消·予防にも効果がある。

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    治療を受けておく

    うつといって

    これも更年期の混沌があり霧が深くなっていくような更年期を通過したとき、自分をとりまく景色が違ってみえたとしてもそれは驚くにあたりません。舞台が暗転して、第2幕、つまり午前とは違った午後の人生の始まりにふさわしい場面設定と思えればしめたものです。
    自分をするのはむずかしいものそれができないからと自分を責めない他人のことはよくわかっても、自分のことはよくわからない。健康な状態でも自分を客観視するのはむずかしいもの。それが更年期のウツ状態になると、自分をマイナスに評価して責め、それでまた症状を悪化させがちです。ウツとはそういう病気だということをよく理解しましょう。ウツ状態を改善させるためには、薬の効果も侮れません。しかし、大事なことはストレスの元を断つこと。
    キャリアウーマンの更年期を重くしている原因にありがちなのは社会的プレッシャー。ライフスタイルなどにも問題があるかもしれません。自分では気づきにくいことだけに、専門のカウンセラーの助けは効果的です。
    が辞められないとに対する考えを変えてみましょうキャリアを持つ女性たちにとって最も大きなストレス源になっているのは仕事です。仕事を辞められればことは簡単でしょうが、だれにも可能なわけではありません。また、たとえやめたとしても、今度は仕事がないことがストレスになりかねないことも十分考えられます。
    仕事を辞められないとしたら、仕事に対するこれまでの姿勢を変えてみることも、ストレスを軽くするコツです。がんばりやさんはどうしても常に自分の力量を出し切って仕事をしようとしがち。人に任せられない完璧にやらないと気がすまない、仕事によっては手抜きしてというのができない。そうするとストレスや疲れもたまりがちになります。ある仕事は90%、あるものは80%、ときには合格ラインぎりぎりの70%というのがあってもいいのでは更年期をすぎたらいつも出来る女は卒業です。30代、40代、50代、それぞれの年代で仕事のやり方は違うのが当然でしょう。

    治療費が高い
    免疫力が弱く

    • 症状を引き起こします
    • 検査を予習として行ってはいけません。
    • ホルモンの分泌が極端に低下してくる。

    ガン検診も忘れずに脉炎尿道から雑菌が入

    よくならないかがあるとしたらを変えることを考えましょう更年期の諸症状はホルモンのバランスの崩れだけでなく、その人の置かれている環境的な問題や性格などもかなり大きく影響するということはすでに述べたとおりです。ホルモンの問題であればHRTで解決します。しかし、原因が環境的な問題からきているとしたら、HRTでは解決しません。対症療法的な処置として薬で症状を軽くすることはできても、根本的な解決にはなりません。やはり、環境を変えるか、環境を変えられないとしたら、自分の考え方、生き方を変えることを考える必要があるでしょうアイデンティティの再体制化のプロセス
    それが更年期なのこれまでの症例でみてきたように、更年期の時期、女性たちはいままでにない心身の変化多くは否定的な変化ですがを体験しています。
    そして、その思いがけないつらい体験が契機となって、これまでの自分の人生を振り返り、これから先の生き方を改めて模索し始めます。その結果、職場を退職したり、仕事の方向転換をしたり、さまざまに軌道修正を行っています。そして、多くの場合、より納得できる、より自分らしいと感じられる新たな人生を探りあてています。こうしたプロセスを心理学者の岡本祐子さんは「中年期のアイデンティティ再体制化のプロセス」と呼んでいます。むずかしい言葉ですが、わかりやすくいえば、自分自身が何なのか再び知り、自分をたて直す過程と理解してください。
    の役にたつような仕事をしたい1ポスト更年期の生活を豊かにするヒント更年期からの人生、自分らしいと感じられる人生を模索するとき、大切な2つの軸があります。
    それは自分自身の能力や可能性をさらに伸ばしていく楽しみと、自分はだれかの役にたっているという喜びです。

    免疫力が弱く

    認知症がタイプ

    老人介護をする、自分の経験を活かして若い人を育てる、ボランティアで海外の人々と交流を持つ……そうした交流は人の役にたつだけでなく、自分自身に磨きをかけることにつながるのではないでしょうかの頃を思い出し、自分自身の原点に戻ってみるのも解決のひとつのこれまでの環境を変えてみようと思ったとき、あるいは後半生いったいどう生きていくのが自分らしいのか迷ったとき、自分自身の原点に戻ってみると解決の道が開けるかもしれません。子どもの頃、将来どんなことをしたいと考えていたのか、どんなことに目を輝かせていたのか思い出してみてください。けっこう、そこに自分らしさをみつけるヒントがあるものです。
    に会うのが苦痛に感じる1更年期のウツ狀のひとつ。
    あなただけではありません人に会うのがいや、外出がおっくう、電話に出るのもいやというのは、取材した更年期ウツ状態の方々に通した訴えでした。しかし、仕事を持つ女性たちは、どんなに具合が悪くても職場ではそんなそぶりを決して見せずに頑張ってしまいます。そのかわり週末はほとんど家に閉じこもっていて、家族とも口をききたくなかったと証言しています。
    手の言葉を素直に受け止められない1更年期のウツ症状。

    自分を責めないウツ状態になると、自分はつまらないだめな人間だと自分を責めます。実際には自分には責任のないことでも、自分が悪かった、自分のせいでこうなったと責めるのが、ウソの特徴のひとつ。まわりがどんなにそうじゃないと否定しても、自分にすっかり自信をなくしているため、相手の言葉を素直に受け止められません疑心暗鬼になっているのは自分のせいではなく、病気のせいだと知っておきましょう。
    な人にも打ち明けられないからといってり切ろうとしないでください「更年期障害の重い人ほど話すことがいっぱいある」という証言を再度思い出してください。
    けで乗り切れるものではありません。たとえば、ぎっくり腰が精神力だけで治るでしょうか。
    病気は精神力だそれと同じです。
    の家族や専門家の力を素直に借りることが大事です。

    うつといって

    うつ患者です

    年期になると、会社の景色がいままでとは違って見えま40代半ばを過ぎて更年期の年齢になると、キャリアウーマンとしてバリバリ仕事をしてきた女性たちも、個人としてこの会社でどこまで自己実現ができるかという先が見えてくるものです。そのとき、独身女性はふと「結婚もしないで、自分はこんなことをしてきてよかったのだろうか」と、自分をポジティブに評価できなくなることがあるかもしれません。でも、これも「アイデンティティ再体制化のプロセス」の一場面ととらえてはいかがでしょう。

    気の治療はまず自分が受け入れることからしか始まりません人に弱みを見せたくない、見せられない立場であったり、更年期障害やウツというのは甘えがある人がなるといった偏見。キャリアウーマンが更年期を自分の問題として受け止めにくい理由です。
    更年期障害ということ、あるいはウツ病というのは、いままでキャリアを積んできた自分自身を否定することにつながりかねないと信じている人がけっこう多いと、池下育子医師は指摘します。
    病気の治療はまず自分が受け入れることからしか始まらないと、肝に命じておくことが大事です。異変を感じてからの対応が迅1とにかくもうためらってはいけないのが更年病気はすべて早期発見、早期治療が症状をこじらせないための秘訣です。もし、いつもと違うなにかの症状が2週間たっても消えないときには、専門家を訪ねましょう。

    ストレス解消に役立ちます

    かかりつけのドクター、あるいはその症状の専門医を受診して、症状がよくならないときは念のため更年期外来を受診するのが、更年期年齢の女性の常識と覚えておきましょう。
    年期に対して抵感をもっていてしい情報を得ることができませんまさに備えあれば憂いなし。更年期には多かれ少なかれ何らかの身心の異変がおこりがち。
    情報を集め、ある程度の知識を持っておくことをお勧めします。
    そう思って中高年になるとできにくくなると覚しておくといいでしょう最近は男性なみに女性にも責任ある仕事をさせる企業も増えています。といって、組織の中で女性と男性は対等かというと決してそうではありません。上昇志向をもって組織で仕事をバリバリやってきた人ほど、見えないガラスの天井の存在を思い知らされるもの。
    その天井にぶちあたって前にも進めず、といって後にもひけないというストレスも、キャリアウーマンの更年期にはつきものです。
    残念ですが、現実として知っておく必要があるのでしょう。
    を必要とする時でもありま老親の介護の問題は仕事を持つ女性にとっては、仕事と介護の両立を考えると、親思いであればあるほど葛藤もストレスも大きくなります。更年期症状を重くさせる大きな原因のひとつです。
    婦人科のドクターの野末悦子さんは乳ガンの体験者というハイリスクをおして、HRTを選択し、親の介護をまっとうしたと伺ったことがあります。親の介護のために仕事をやめる選択をする人、薬の力を借りてがんばる人、いずれにしても老親の介護は更年期と重なることが多いのが現実です。のしている時更年期状が出る時。
    備えあいなし更年期症状の出るタイミングは、体験者の話をうかがった印象では、大きな仕事をがんばってやっている最中より、むしろ一段落したときに出やすいようです。
    「別に体調を崩す理由などないのに」と原因が思い当たらないのに、て下さい。
    なんとなくヘンなときは、更年期を疑っ更年期は第2の成人期の始まり。

    治療を受けておく

    ガンと心臓病といえば
    ガンと心臓病といえば

    医療施設とネットワークを作っています

    この本で第2成人期のすばらしさが理解してもらえましたか私たち日本女性の寿命はこの半世紀で飛躍的な伸びをとげました。その一方で、女性の閉経年齢は平均寿命が50歳のときも、86歳の今も変わらず、50歳前後です。ちょっと不思議な感じもしますが、いまや私たちは30年余りも女性ホルモンのない状態で生きていかなければならない時代なのです。
    ところで、自然界で閉経後もその人生を永らえる哺乳動物は、人間だけだということをご存じでしょうか。
    その人間も、つい最近になって大集団で閉経後の長い人生を獲得したばかり。女性ホルモンに関して生物としては前代未聞人類としてもその歴史が始まったばかりの事態の中に、私たち更年期の女性たちは入っていこうとしています。はたして健康はどこまで保障されるのでしょうか。

    女性ホルモンのエストロゲン製剤プレマリンが初めて世に出たのは半世紀余り前のことです。
    その後女性ホルモン補充療法として治療法が確立し、更年期障害の治療法としてだけでなく、ポーター役として登場したのは、このことと無縁ではありえないでしょう。
    閉経後の健康維持のサ女性ホルモンが不足すると身体のあちこちにガタがくることはすでに明らかになっています。そして私たちの世代は今のお年寄りのように「こんなに長生きするとは思わなかった」と言いながら7080代、あるいは90代を迎える時代ではありません。自分の母親以上に長生きすることを前提に、目、歯、骨、血管……自分自身の住処である身体の修理、保守、点検をするなどの備えが不可欠なのです。

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    動脈硬化を進展させてしまうかもしれません。

    遺伝子の型をもっている

    女性ホルモンを試して、よければしばらく続けるのもいいかもしれないと勧められ、2週間ほど試した後、やめました。
    「これといって実感できる変化がなかったのと、もうひとつは以前からユング心理学などを読んでいて、ユングの説によれば、私にもそろそろ人生の転機がくるのかな、というのがあったから。それを自分で実感したかったわけね。来る前にホルモン剤を飲んでいると、わからなくなってしまうでしょ。薬で乗り越えたくなかったんです。なにか来るのだったら、自分でおとしまえをつけてみたいと思ってました」
    というわけで、更年期とは全面対決やってみますと説明しました。
    する覚悟はできていました。
    ドクターにはもう少し素のままで頭の中がボーッとして、集中力がない、判断がシャープじゃないと感じるようになったのは、閉経のころだったような気がするといいます。

    「ちょうどそんな頃にとても腕のいい整体師がいると聞いて、肩が痛いのやひどい疲れをほぐしたいと思ってかかりました。治療はかなりきついものでしたが、最初に治療を受けたときには紗がかかったようになっていた頭の中が、スキッと霧が晴れたようになって。
    感動するくらい効果があったんですよね」
    肩も楽になり、1年くらい通い続けましたが、体調がすっかり回復するまでにしかし、劇的な効果は最初だけで、は至りません週2回、私、ウツ病です
    ウツ症状は少しずつ進行していて、やがて不眠の症状も加わります。若いときから眠りは浅いほうでしたが明け方の3時頃に目がさめるようになり、十分な睡眠がとれなくなってきました。これまで好奇心のかたまりのようになって突き進んできた仕事を、義務的にこなすようになり、趣味の芸術鑑賞にも感動しなくなっていきましたたまたま心療内科のドクターを取材したのは、自分でもウツ状態を自覚するようになった頃です。もともと人に対する気くばりは人一倍するタイプだけに、仕事が終わったときの疲労感がひどい。帰宅するとなにもしたくない家族にも口をききたくないイライラする。とくに夫に対してむしょうに腹が立って、いまいましく思ってしまう日が続きました。週末は人に会いたくない、電話に出るのもいや、毎週末通っていたスポーツクラブに行くこともなくなり、ひたすら家にいて眠り、目がさめるとなにか食べるか、飲んでいるか。まっく活動的ではなくなっていました。

    うつ状態におちいる治療ができるかもしれないそのころかなりの資金を集めて新しく立ち上げた仕事もうまくいっていませんでしたいっしょに立ち上げた人の責任も大きいのに、冷静に判断できなくて、ひたすら自分のせいだ、私がだめなんだと責めてしまうのもウツに入っている証拠それに物忘れが出てくる。これも老人性のボケではなく過性のものでウツ症状のひとつなんですね
    と智子さん。心療内科のドクターに私、ウツ病ですと訴えて、診察を受け、しばらく抗ウツ剤SSRIの投薬を受けました。薬のおかげで、多少の吐き気など副作用はあったものの、ウツの症状は多少は回復しかし、そこそこ効果はあったものの、薬も3か月で中止してしまいます。
    「整体も心療内科の薬もけっきょくみんなやめてしまったのは、最終的にはやっぱり自分の力で治すしかないと思ったからなんですね。つまり、整体をやっても、心療内科の薬を飲んでもある程度はよくなるけれど、完全には治らない。
    そのよくならない部分というのは私の環境的なものに起因していて、それが解決しなければすっきりとは治らないというのがだんだんわかってきたんです」
    仕事上の問題を解決するしかない。そこの部分は薬や整体では治しようがない。そのことがはっきりとわかったときに、智子さんは改めて自力でやってみようと決意を新たにします。以前、ユング派の分析家を取材したことがあったんです。取材のあと、『私も分析を受けてみたい』と言うと彼は『分析はとても面白いですよ。だけど、究極は自力で解決するのがいちばん。

     

    ホルモン·バランスが崩れてくる。

    人の助けを借りるのもいけれど、自分で自分を治していくことにまさるものはない』と言いました。それが耳に残っているせいか、整体や心療内科などいろいろ頼ってはみるのだけれど、最終的には委ねてしまうことはなく、やっぱり自分でなんとかしなければと思っていたんですねと振り返る智子さん。仕事では問題をかかえていました。会社を設立してから、本来得意分野とする雑誌や本づくりに加えて、いくつかの新しい分野にもチャレンジする機会にも恵まれてきました。目の前にあるおもしろそうなものは片っ端から試みて、事業を拡大し続けてきました。それがいつのまにか身の丈以上のものになっていたり、不得意な分野にもかかわらず無理をしてがんばってやっていたり。そうした仕事の整理整頓にとりかかりました。

  • 「どんどん霧が深くなっていく感じ」
  • 仕事上で自分が抱えている困難をときほぐしていく。
    こんがらがっているところをひとつひとつ解きほぐしていって、自分のなっとくできる形にもどしていく作業をやっています。そのためには時間が必要です。この仕事は自分には無理だと納得して人にお願いをしたり、ゆずったり、仕事を降りたり。ようやく自分で納得のいく形がついてきたところでしょうかこうして、仕事の整理がつきはじめてくると、睡眠剤の力も借りず夜も眠れるようになって、夜中に覚醒することもなくなったといいます。気持ちが楽になれば、体も緊張がとけて楽になります。眠れるようになっのもそのせいでしょう。体が元気になると、ふたたび意欲も沸いてくるようになるものです。
    智子さんにとって更年期とはどんなイメージかと尋ねてみました。
    「カオス混沌かな。どんどん霧が深くなっていくという感じ。細胞たち中年期というのはたずなをどんどん増やしていく時期じゃないですか。たずなを引いているのも自分だし、馬車馬のように走っているのも自分。いろんなおもしろそうな仕事が目の前に広がって、それを次々と取り込んでいくうちに持っているたずながどんどん増えていった。増えたら捨てなければいけないのこんがらがってしまった。それに気づくときが更年期かな」
    つのまにか持ちきれないほどになっていて、すっかそして、仕事を増やしても、10年前なら体力、気力ともについてきたのに、同じ量を同じペースでこなせなくなっているのに気づかされるのも更年期でしょう。つまり、これまでとは違うと思い知らされるとき、いままでとは違った考え方、やり方が否応なく必要となってきます。「変わらざるを得ない。これは天からのめぐり合わせだと考えたい。自分の年齢とか経験とか、いろんな要素がめぐりめぐって舞台が回転するという感じ。
    そうした実感です」
    舞台が回転するまさにこの言葉がぴったり。さまざまな葛藤がおさまって改めて視界が開けてくると、まわりに見える景色はそれまでとは明らかに違う。それくらい衝撃的な体験をする人は少なくありません今後は自分にできることとやりたいことのバランスをとって、自分を楽しませてやることを中心にしたい。
    そしてこれまでは全部自分でみないと気が済まなかったけれど、人に任せることを覚え、自分の引出しにあるものを出して若い人たちの役にたてたらいいなと思ってます。いままでは自分が一番で、自分のことで精一杯だったという智子さん。
    これからは人の役に立つような仕事をしたい、それができたら心豊かな今後の人生がおくれるかなと考えているようです。【体験症例⑩】「考え方を変えるような出来事が起きました」
    南田久美子さん54歳は更年期にさしかかって体調の異変を体験し、それをきっかけに自分のこれまでの仕事生活を見直し、将来に向けて軌道転換を決意しました南田さんのようにクリアカットにいく例は決して多くはありませんが、大なり少なり、ティティの再体制化のプロセスプロローグ参照を通るのが更年期ではないでしょうか。

      1. 細胞診が行われます。
      1. 病気を恐
      1. ガン力があることが判っています。

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    こうしたアイデン南田さんは語りま今振り替えると、47歳から50歳くらいが本当に疲れていたなと思いますね。閉経がどういうものかもわかってなかったし。精神的にも眠れなくなったり、考え方を変えるような出来事が起きてきたりしました。会社に経営者になればそれなりの面。だったら管理職の肩書をはずして、自分の原点にも白さもまだまだあるのでしょうけど、なれるわけがないどってみようかと、そんなことを考えたのが私の更年期だったでしょうか大手化粧品メーカーに勤める南田さんが、自分自身の異変に気づいたのは46、47歳の頃。ちょうど閉経の前後頃でしたあの頃は毎日が忙しく、しかも当時は更年期についての情報は今ほどなかったので、はっきりとした自覚はありませんでした。あとから振り返ってみるとあのとき更年期だったのかなという感じですよね3年間くらいはおかしかったといいます。
    が苦痛に感じるようになっていました。
    とくにひどかったのは閉経のあと1年間くらい。

    人に会うの全国にいる美容部員のトップに立つポストで、美容に関する新しい企画や開発をする本部の発信基地のリーダーです。美容の仕事はいつもはつらつとして、きれいにしているのがあたりまえ。それがつらいいやだ。
    お化粧することや装うことなんかどうでもいいじゃないか、と思うようになっていました。南田さんの職業人としての基盤を揺るがすような出来事です。そんなふうに考えるのはむろん初めてでした。
    「きつかけですか?それがよく覚えていないんです」
    ベーシックな色合いの装いに、メークもごくナチュラル。淡々とインタビューに答える南田さん。つい1年前までは女性に美を売る大手企業の、バリバリのキャリアウーマンだったというのに、驚くほど気負いがなく自然体です。
    免疫グロブリンという抗体

    薬にして

    「精神的に大きなストレスがあったかといえば、これといった大きなものがあったという実感はありません。
    ただ、自分なりに考えてみると、これまで仕事ではずっと上にも下にもいい顔をし続けていたな、私はいつも元気で、みんな私についていらっしゃい!というスタンスでがんばってきたかなと思います」
    とくに職場環境に変化があったわけでもなく、ポストが変わったわけでもありません。それがある時期からだんだん元気がなくなり、夜眠れない日が多くなって、人に会うのが苦痛になっていきました。
    若いスタッフがいろんなアイディアを提案してきたり、問題点を指摘したり、茶飯事です。いつもなら余裕を持って耳を傾け、対応できるのに、それが苦痛。
    どんどん言ってくるのは日常それどころか、スタッフが自分を批判しているのではないかと、疑心暗鬼になったり、なにげない相手の言葉にものすごく傷ついたり。
    信頼感が得られないなと感じたりして、どんどん落ち込んでいきました。いままではなんでもなかった他人の一言が気になりました。職場の不都合は全部自分の責任で、自分を全面否定。私さえいなければいいんじゃないかとさえ思い始めました。自己嫌悪と自信喪失。私って最低だとか、たいした力がないのになにをやっているんだろうと、すべてをマイナスに考えるように。こんなふうに落ち込んでいく体験はこれまで記憶がありませんいつも元気印で、アフターファイブは若いスタッフを引き連れて飲みにいっていたのが、そんな気持ちにはなれません。逆に人から誘われると、この人は本当は私を誘いたくないのに誘ってくれているんじゃないかと勘繰ったり。相手の言葉を素直に受け止められないのです。そんな性格ではないんですよ。だから、どうしたのかしら、私らしくないなあと首を傾げることの連続でしと振り返る南田さん。

  • 「アレッ?、アレッ?、
  • 私はどうしちゃったんだろう」
    それでも、会社ではなんとか仕事をこなしていましたが、家に帰るともうダメ。部屋を真っ暗にしたまま一歩も外へ出られません。だれにも会いたくない。椅子に腰掛けていると、耳元に人の声がファファファファアと聞こえてきて、それが気になってイライラ。精神的にもとても不安定になっていました。眠りも浅く、夜中の3時ごろには目がさめて眠れず、疲れているはずなのにどこか頭の芯がさえているような。


    治療ができるかもしれない ガンについてもこれまで何度も臨床試験をしています。 症状への効果が期待できる

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    老化の縮図

    治療ができるかもしれない

    「あとは自分の決断だけ。今の自分にとって大切なのはなにかを考えなさい」
    小夜子さんにとって、正面からきちんと向き合って話を聞き、受け止め、適切なアドバイスをしてくれる後山医師の診療方法は、睡眠剤、抗ウツ剤の何倍もの治癒効果があったにちがいありません私が取材のためご自宅に伺ったのは、小夜子さんが校長に電話で退職の決意を伝えた数日後のことです。体験を話し終えたあと、自分自身を納得させるようにこう語りました「考えようによってはA先生との出会いがあったからこそ、自分がこれからどう生きていくのか、あるいは家族のあり方について、改めて考え、それと直面する機会を与えてもらったといえます」
    自分にとって今大切なのはなにか。
    ときには家族をも犠牲にしながらがむしゃらに身を投じてきた学校という現場から離れて、改めて冷静に自分の来し方、行く末を考えたときに出した結論は、これまでとは違う生活でした。人生の休憩時間をたっぷりととったあと、新たな活躍の場を見つけて、再びイキイキと活躍する小夜子さんの姿が見られる日はそう遠くはなさそうです。

    で紹介した体験や症例から生まれた更年期を乗り切る知恵、

    楽にする秘訣年化、それとも仕事のせい?
    その自己判断はしいと知っておきましょう昇進が引き金となってウツ病になるのを昇進ウツ病といいますが、更年期年齢の女性に昇進ウツ病があっても不思議ではない時代なのです。それだけにいまある心身の不調が更年期によるものか、老化現象なのか仕事上の能力の問題からくるものなのか、自分では判断できないことがあります。
    動脈硬化を進展させてしまうかもしれません。

    病気が関係しているのかと心配した母親


    症状が強くなります。

    >症状が顔のほてりやのぼ精神的な症状がつよければ婦人科だけでなく、心療内科、精神科など専門家に相談するのが、症状を重くさせない、長引かせない秘訣です。責任者としての判断ができない1更年期ウツなのひとつあわてないこと最近、決断力が低下して、部下をひっぱっていく自信がない。会社をやめたくなる更年期年齢のキャリアウーマンたちのこうした訴えは、決して珍しくありません。更年期のウツ状態になると、思考力にブレーキがかかるので集中力が低下。書類を何度読み返しても内容が頭に入らず、もの忘れも多くなります。何事も悪いほうに悪いほうに考えてしまうようになるので、物事をなかなか決められません。自信が持てないのです。急にこうした症状を訴えるようになったら、辞職を決意する前に病院を訪ねるのが先決です。自分の今ある症状を更年期桁びつけて考えたことがない1注亍べき点のひとつイライラする、仕事に自信が持てなくなる、不安になるといった精神症状は、更年期にありがちなものだから私はだめなんだと自分を責める前に、専門家を訪ねましょう。精神症状にかぎらず、疲れやすい、動悸、頭痛、関節痛など、検査でどこも異常はなく、にもかかわらず症状が改善されないときには、更年期症状を疑ってみましょう。
    更年期の大きな問題のひとつは、です。
    本人が自分が更年期と気づかず苦しんでいる人があまりに多いということメノポーズを考える会
    ……更年期の女性強い更年期からの女性の充実した人生をめざし、健康に関する情報の収集と提供をしたり、する改善の提言などをボランティアで行っている会です。
    医療機関や行政に対各方面の専門家を講師に招いてフォーラムやメノポーズ講座の開催。また会員を対象にした語り合いの会を毎月第一月曜日に行っています。スタッフによる電話03.335-8001相談は、毎週火木曜日の10時30分から16時30分まで入会などの問い合わせは、電話03.3351。8046です。
    って更年期?
    と気づくのには、なにかきっかけがいるのかもしれま組織で重要なポストについている女性たちにありがちな更年期症状が出るきっかけは、大きな目標を達成したときや面倒な仕事を処理し終えたとき。仕事の緊張が解けてフッと気持ちがゆるんだときが要注意。いわゆる燃えつき症候群と呼ばれるものです。


    ガン働かんとあかん

    生活習慣がゆがんでいて

    医学的に解明するウツっぽい症状があったり、イライラしたり、眠れなくなったり、頭痛や耳鳴りがするといった症状がおさまらないときは更年期を疑ってください。
    自分が無能だからうまくいかないのではない、ウッ蝵せいだと考えましょうウツ状態にあると自分を責めるようになります。自分はつまらない人間だ、能力もないし、自分みたいな上、クヨクヨとこんなふうに思うのは本当に自分が無能でダメ人間だからではありません。ウツという病気がそう言わせているのです。それはウツの典型的な症状の一つと知ると少しは気が楽司では部下がかわいそうせのそになるかもしれません。
    を辞めなかったのがせめてもの救い
    あるよりどころなのウツ状態のときにはとかくものごとを悲観的に考えがちで、正しい判断ができにくい状態です。そのため大事な決断をしてはいけないというのが鉄則です。退職、離婚、転地など、大きな問題は症状が回復してから考えます。また、仕事は大きなストレス源ですが、独身女性にとって経済的基盤であり、精神的に大きなよりどころになっている面も見逃せません。慎重な対応が必要です。

    には偏見を持たずきちんと服用する、治療の最コースHRTは前述したように、卵巣機能の衰退が原因の更年期症状には大変効果的ですが、更年期の万能薬でないのはいうまでもありません。精神症状に関してはどちらかというとサポーター的な役割で、メインは精神科系の薬です。
    ただ、抗ウツ剤や抗不安剤、睡眠薬に対する偏見は強く、「ちゃんと飲む患者さんでも出した薬の5割程度3割しか飲まない患者さんもいます。薬を飲むと、依存してしまうのではないかという不安があるようです。
    薬で『治す』のだと理解していただきたいですね」と、池下育子先生は医師を信頼してきちんと薬を飲むようアドバイスします。
    くそったれ
    という、自分だけのストレス解消の言葉をみつけると楽になりま大声をあげるなり、悪態をつくなりしてストレスを吐き出すのはいい方法でしょう。

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    と医師から。
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    こう考えるだけでも楽になるではありませんか更年期症状のために休養を余儀なくされたりすることがあります。
    しかし見方を変えると、長寿社会にあって、ここらで一休みしなければとてもこの先の長い人生元気に続けられませんよというメッセージを心と身体が送っているのではないでしょうか。
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    も体験者のアドバイスは力強い助っ人です。
    だれに相談したらいいのか、秘密は守ってもらえるだろうか、自分を理解人の助けなしには容易に解決できないのが更年期の精神症状です。中でしかし、人の助けを借りて少し楽になるという生き方、がんばって生きてきた更年期の女性に必要な知恵かもしれま上司は全く正反対の反応を示すもの。


    ホルモンバランスを調整する

    こんなことにいちいち驚いてはいけません職場で風邪で熱がある
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    といたわる上司。もっとがんばりなさいと励ます上司。後者は、ウツ病に対する理解がまったくない証拠で、励ましはむしろ逆効果になると知らない人です。上司はどんな反応を示すかわかりません。それでも、仕事のストレスが更年期症状の大きな原因になっているときは、症状が重くなる前に上司に相談することはとても大事。解決の早道です。理解してくれる人は必ずいるはずです。えられてももう無理はきかない。
    がんばってはダメ仕事ができる女性ほど更年期の心身の衰えを素直に認めたがりません。でもこれは、エスカレーターを逆走しているようなもの。身体だけでなく、心ももう若いときのように無理はきかない、がんばれないとありのままの自分を理解し受け入れてあげられるようになると、もっと楽に生きられるのですが。
    を持っている女性が更年期ウツになりやすい。
    知っておいていい事実で仕事を持つ女性が感じる社会的なストレスは、専業主婦にはあまり理解できないものです。
    更年期症状の中でも、とくにウソはストレスが大きな要因だけに、なりやすいといえるかもしれません。ただ、取材して感じるのは仕事を持っている女性は、情報収集も的確で病気に対する対応が早い人が多く、その点で回復も早い人が多いような気がしました。
    ただ、その一方で重症になってしまうケースもあると、池下医師はこんな指摘も。
    「会社で重要なポストについていて、自分が更年期で具合が悪いと部下には言えない。ぎりぎりまで弱音をはけない立場にいるケースです。よほど悪くなるまで来院してこないので、受診したときには事態は深刻です」
    そのうえ、立場上、いといいます。通院していることを表に出したくない、そのために保険を使わないでくれという人も多をきちんとやってきたので、あせるないでしょう。

    薬の役目を果たすものとして応用できるんです。

    細胞というサポート

    免疫がなにかしらかかわっているというそう考えてみませんか更年期障害でつらい体験をした人たちに共通していると感じたのは、前半の人生をまじめに人いちばいがんばり続けてきたということ。ですから、更年期になって心身がなんらかのサインを出したときには、必要な人生の休憩時間と悟って、休養に入るか、意識的にペースダウンを心掛けるのが賢明です。あせる必要はありません。
    いまの自分にとって大切なのは何なのか。
    この助言がもつ深い治療効果に注目を中年期は「若いころに設定したみずからの『人生の夢』とその達成感について、改めて問い直されるときでもある。中年期の入口において体験されるこのような否定的な変化は、私たちに自分の人生はこれでよかったのか、本当にやりたいことはなんなのかという自分の生き方、あり方そのものについての内省と問いなおしを迫るものである」岡本祐子さん。自分の人生を問いなおすとき、「いまの自分にとって大切なのはなんなのか」という言葉がキーワードになるのではないでしょうか。
    年年期のことをいちばくしている科と心得ましょう更年期障害は卵巣機能の低下のほかに、環境的なもの、ストレスの感じ方などが大きく左右しているだけにその治療にあたっては、症状の種類別に各科を受診してもなかなか改善されません。
    女性ホルモンの問題から女性のライフスタイル、家族や社会など環境的な問題まで、トータルに患者さんを診てくれるところがいちばんふさわしいのです。こうしたことをふまえて更年期女性の診療にあたっているのが、更年期外来です。、こナこただし、これまでも述べたように、すべての更年期外来が必ずしもそうした理想的な医療を行っているとはかぎりません。この現実も頭の隅に入れ現時点では、なっとくできる医療機関を捜す努力も必要と心得て下さ「私は自力で乗り越えたい!」
    あらたな人生の形に気づけば、新しい自分が発見できます。自力で乗り越えようとするあなたを応援したい精神症状も含めた更年期のさまざまな症状は、HRTや精神科の薬の投薬だけで100%治らないケースが少なからずあります。その治らない何パーセントかは環境的な問題や、本人の性格などに起因していると考えられます。仕事でがんばってきた女性たちにとって、仕事が心身に影響を与えているのはいうまでもないでしょう。

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    治療費が高い

    医師の技量に左右される要素が大きく

    完全な不眠症に陥っていました。そんな姿は職場のだれも知らなかったし、夫にさえ打ち明けていませんでした。
    家では夫と2人暮らし。子どもはいません。夫には最悪の精神状態は話していません。仕事がつらいといえば、「そんなにやならやめれば」という一言が返ってきます。仕事をやめたいわけではないので、つらい顔もみせられません。夫が帰宅すると、ヨッ!といつものように挨拶をし、元気ないねと言われれば、私ちょっとへんなのよねとさりげなく応答し、フーンでおしまい。夫はなにかを感じていたのかもしれませんがそれ以上の話はしませんでした。
    朝目がさめて家を出るまでは会社に行くのがいやでいやでしょうがない。しかし、会社に一歩入ると、いつもと変わらず元気におはよう!と満面の笑顔で挨拶していました。その大きなギャップ。人に元気を与えるのが仕事なので、なにごともないように装っていました人前でしゃべるのが仕事で、新米の頃は別として、最近は人前に出たくないなどと思ったことがなかったのが、すごくドキドキして、いつになく緊張するように。どうしたんだろうと、それがまた落ち込みの原因になったり。内心、アレッ?、アレッ?、私はどうしちゃったんだろうと、マークが点灯しっぱなしでし身体的には湿疹が出たこともあって、かかりつけの内科医に、「最近眠れないし、イライラするし」と相談すると、更年期だよとあっさり診断をくだされました。
    漢方薬を処方してくれて、「更年期はこういう薬を飲んでいれば、すぐよくなるよ」とサラッと対応してくれたので、南田さんはそんなもんかとなっとくし、ずいぶん気が楽になりました。南田さんの話をうかがっていると、なにか異変を感じてからの対応は迅速だったのがわかります。会社の医務室の看護婦さんにも、「最近、眠れなくて、イライラするし、急にドキドキするのよ」と相談に行っています。看護婦さんは「それって更年期よ。今飲んでいる漢方薬も続けたほうがいいしこれも飲んでみたら」と、産業医の処方のもとに安定剤を出してくれました。漢方薬と違って、安定剤は効き目が早く、身体が楽になるのを感じました。
    幸いしたのは南田さんが更年期に対して抵抗感がなかった点です。

    心筋梗塞などの冠病気で予後不良女性の職場だけに先輩たちから更年期という言葉をしばしば聞かされていました。「エーッ、暑くもないのに汗が出るの?」とか、「ボーッとするって、どんな感じなの?」といった会話が、かつて交わされていました。ただ、そのとき先輩たちがどんな治療をしていたとか、どんな薬を飲んでいるという具体的な話までは聞いていません。自分の番がまわってきたとき、どうしていいかわかりませんでした。だから、相談できそうな人にはみんなに聞いて歩きました。そうした対応の速さが症状を悪化させる前にくい止めたのかもしれませんとはいえ、「仕事に不都合がなかったとはいえない」と南田さんは振り返ります。家に帰ってどんなに暗く沈んだ夜を過ごしても、仕事を休むことはなかったものの「自信なげにやっているなとか頼りにならないなといった感じはあったと思いますね」
    と南田さん。
    以前なら、なにごとも迷わずチャレンジして、私がやるわという言葉がすんなり出たのに「ちょっと考えさせてください」とひいてしまいます。決断力、統率力が不可欠なポストだけに、それは大きなダメージとなったはずだと思っています。

  • 「会社が変わるわけでもないのだし、
  • もういいかなと」
    南田さんは大学を卒業し化粧品メーカーに就職。もともと好きで入った美容の世界、入社以来足踏みすることなく気持ちは前へ前へと走り続けてきました。これまで、大きな仕事を任されるたびに、自分が先頭に立つて下を引っ張りながら頑張って、上からの期待に応えてきました「気負いがなかったといえばうそになりますが、仕事が好きで、子どもがいなかったから、エネルギーをすべて仕事にそそいできました」という南田さん。

     

    頭痛のほとんど

    いつも自分が頑張らなければという気持ちで走り続けてきました。気づいたら30年近くがたっていたというところでしょうか。
    更年期になって心身の不調を感じ、仕事のペースダウンを余儀なくされ、歩く速度が落ちてみると、視界に入ってきたのはそれまでとは違った会社の景色です。
    女性がどんなに頑張っても、しょせん会社は男社会。役員は全員男性で、自分も部の責任者になって重要会議にも出席するようになると、どんどん上へと上っていく男性たちの競争している姿が見えてくるじゃないですか販売戦略の新しい企画を出したり、開発したり、大きなお金を動かして企画を成功させて、会社に利益をもたらすといったことも何度もありました。勢いに乗っているときは、どんどんアイディアもわいて、自分が会社を変えてみせると半ば本気で思っていたこともありました。一生懸命仕事をすればするほど、会社はこうあってほしい、組織はこうあるべきという考えが出てくるものです。しかし、大会社は中間管理職ひとりの力で変わるものではありません。
    とくに部署の長となって役員たちに身近に接し、肉声が聞こえてくる立場になると、会社は変わらないという現実も思い知らされます。それでも40歳くらいだったら、内心変わらないなと思っていても、エネルギーがあるでしょう。部下たちに『文句ばっかり言ってないで、皆で力を合わせてがんばろうよ』と叱咤激励しながらひっぱっていったり、皆で時間のたつのも忘れて議論したりする元気もあります。でも、40歳半ばを過ぎたころから、もうそこまでやらなくてもいいかなと思うようになってしまうんですね。十分にやってきたという自負心もあるし、若い人が育ってきていて、こんどは彼らが中心になって下をひっぱっている。体力的な衰えだけでなく、気力の衰えも実感しましたね
    もう一回、もう一回と新しい企画にチャレンジしてきた気力がなえたとき、南田さんは会社をやめることを選択しました「会社というのはトップが変わると考え方が変わったり、やり方が変わったり、そのたびに合わせていかなればならない。病気を見逃すおそれもあります。元気なときはなにも疑問を持たずに頑張れたけれど、なんだか同じことの繰り返し。会社が変わるわけでもないのだし、もういいかなと。そんなのが見えてきたのも更年期と重なっていましたね」
    とくに会社でできるキャリアウーマンとして働き続けてきた女性にとって40代は、職業の上では実りの季節、と同時に会社の組織的な待遇面では挫折感を味わうときでもあります。そんな証言は南田さんにとどまりません。
    会社で働き続けた女性たちが40代になって味わう出世の悲哀について、それは挫折感とも違うと南田さんは語ります。というより仕事に夢や期待が持てなくなるというか、自己実現の道が阻まれるといったらいのでしょうか。
    それがまさに見えないガラスの天井に触れた感触なのかもしれません元朝日新聞の記者でフリーのジャーナリストの佐藤洋子さんの著書『女が定年を迎えるとき』大和書房の中にこんなくだりがあります。
    「とにかく、どうしようもない男の後輩がどんどん追い越していくし、仕事そのものも一生懸命やってきた広報からはずされて、別の部署に移されたし、中高年になると、組織じゃ、女は生きにくくなるわよ。これは私だけの問題じゃなくて、他の企業にも、そう感じている女の人がたくさんいるはずよ」
    大卒でメーカー広報部で男性そこのけの仕事をこなしてきた、知る人ぞ知るというできる女の台詞です。南田さんも、こうした激しい言葉では表現しなかったものの、女性のための商品をつくる企業でさえ男社会であることを、40代後半になったときに思い知らされ、がっかりさせられ、仕事に対する意欲をそがれたことは事実です。

      1. ホルモンがなくなってからも長く生きていく
      1. 神経のはたらきで緊張状態にあ
      1. 健康にいいい

    治療開始陽性

    佐藤洋子さんは、先の本でこう述べています。昇進·昇格は早い企業では三十代から始まる。しかし、三十代の昇格については、本当の末端管理職か、賃金昇給のための名目的役付きが多いため、この頃はまだ、その昇進に遅れをとっても、女も男さえも心やかでいられると思う。中略また、仕事に限っていっても、これは男女を問わず、自分は一生現場を離れずにこの仕事を貫きたいといった理想主義を、まだ持てる年齢でもある。私自身、記者として『書く仕事』から、昇進·昇格のために離れたいと思わなかったし、一生ヒラで書きつづけて悔いないと、真っ正直に思えたのも、この頃のことだった。中略しかし、四十代になると、職場の様相は違ってくる。周囲を見回しても、いちばん最後の同期の男性にも既に何らかの役がついているのに気がつく。
    しかも、その男性が自分の上司になったりする。殊に、日本の昇進·昇格は賃金の上昇としっかり結びついているため、同期が上司であることに耐えられても、ほんのちょっとの役の違いで賃金が違ってくることは、働いている以上、女だって敏感になるのは当然のことではないだろうか
    こうした時期と女性の更年期がぶつかっているのは偶然か、それとも更年期はどんな道を歩んでいても人生の大きな転換期にあたっているのでしょうか「あと30年は大丈夫。
    医療の基本となっています。

    病気によって破産してしまうかもしれない。

    オイル交換したから」
    南田さんの話に戻しましょう。30年近く馬車馬のように働いてきたのだから、まだエネルギーのあるうちにいったん会社をやめて、自由な時間をつくってこれからを考えたいと思ったという南田さん。気持ちをこんなふうに整理した矢先に、田舎の両親があいついで入院する事態に。18歳で上京して大学へ行き、そのまま東京で就職、結婚。両親に対して親孝行らしいことは満足にできていないという負い目もありました。週末を利用して帰省して看病週日には戻って仕事をする生活を2年ほど続けているうちに、歯車としての会社の仕事が負担になってきました。
    「会社はすごく時間を制約されますでしょう。とくに管理職はタイムカードはないかわりて、遅くまで残らなければならない。時間が自分の思うようにはならない。管理職的な仕事はもういいと思いました。会社をやめた直接の原因は父の看病で疲れている母親を少しでも助けてあげたいと思ったからです。

    忙しい、忙しいだけじゃない娘もみせてやりたいと思ったのがきっかけです」
    逆に早く出勤し同時に組織を離れ自分の好きな道で仕事をしたいとも思ったと南田さんはいいます。会社をやめるにあたっては、将来に具体的な展望があったわけではないが、とにかくやめてから以後の人生についてじっくり考えようと。やめることに不安はなかったという南田さん。自分の思いに従ってすっぱり会社をやめられたのは、自営業を営む夫の存在も大きな支えになったにちがいありません。


    病気で予後不良 ホルモンと女性 治療費が高い

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    細胞とどれだけ似ているかにもよるんです。

    医師には相談しない

    それだけに、更年期年齢になって判断力が落ちるとか、仕事のペースが遅くなるとか新しい仕事が重荷になるとか、これまでとは様子が違ってくることが多くなったとき、どう考えたらいいのでしょう。いったいこれは更年期症状なのか、あるいは自分の能力の限界からくるものなのか、容易に判断がつきません。とくに早苗さんのように、更年期年齢と職場のポストが変わるのが同時期だとすると、ますますわからなくなります。ポストの格下げ後は仕事の自信のなさは消えたものの、この2、3年、精神状態がすっかり安定したとはいえない状態が続いています。いつも喉元にかたまりのようなものをかかえていて、仕事がうまくいかなくなると、それがすぐに出てきて喉がつかえるような感じになります。会社に行きたくないと思ったり、衝動的に明日にでも仕事をやめたいと思ったり。
    結婚斡旋所に登録してでも結婚したくなるし、なんとなく付き合いが続いている彼との関係をのろいたくなるし、一緒に暮らす母親の存在はありがたいとは思っていても、イライラが募るとうっとうしくなってしまいます。この先自分はどうなるんだろうという不安。以前は考えもしなかったことを考えるようになり、それもどんどん悪いほうに考えてしまう。あげくなにもかもに当たり散らしたくなります。「去年の私自身の流行語大賞はなんだかわかりますか。『くそったれ』ですよ。1年間で何千回吐いたかわからないくらい。そういう汚い言葉をバーンと吐き出すと、けっこうスッとして、ストレス解消になるんです。人さまの前で言うと大変なことになるので、お風呂場とか自分の部屋とかで口にするんです。これってなんなんでしょうね」
    とにっこり笑う早苗さん。育ちのよさを感じさせる雰囲気から、くそったれという悪態はまったくといっていいほどそぐわない。聞かされた私はとまどいながらも、その言葉を数えきれないほど吐いたことに改めて容易に解決の道を見つけられない早苗さんの、鬱積したものの大きさを感じざるを得ません「この仕事が好きかもしれないという気持ちが支えに」
    現在、早苗さんを辛うじて支えているのは安定剤です。
    それに、早苗さんが語っていたそれでも自分はこの仕事が好きかもしれないという気持ちでしょう。

    病気の有無

    病気がある場合を除く


    免疫力はいらない

    >薬をあげ安定剤は以前、十二指腸潰瘍を患ったときに、内科の医師から「あなたはみていると仕事がとても忙しいしこれ以上潰瘍を悪化させないためにも安定剤を飲んだほうがいい」と言われて、抗不安薬を処方されましたそれ以来、明日は厄介な打合せや契約のための交渉があるときには、それを飲むことにしています。「安定剤がないと乗り切れないんです。自信がなくなってしまう。仕事のことを考えると夜は眠れない。あんな小さなものでも飲むと安心して眠れるから不思議ですね安定剤さえあれば、HRTや漢方薬は必要ないという気がしているとも。
    ますが、更年期の症状は出ていないといいます。
    現在、HRTや漢方薬をやめてい自分の中でいつも解決してしまうタイプ」
    性格的には分析します。
    あまり内面をさらけだせない。

    と、早苗さんは自己HRTも効果がなく、びに聞いていた医師は、漢方薬でも症状が改善されないとわかったとき、1年あまり早苗さんの話を診察のた「田口さんの場合、仕事をやめないと症状はよくならない」と言いました。
    そうはいっても独身の女性の場合、簡単に仕事をやめるわけにはいきません。
    では、どうしたらいいのでしょう。
    最近、勤務しているレストランのリニューアルオープンの話が持ち上がりました。テナントとして入っているビルの大改装に伴うもので、店の規模もこれまでの3倍ほどの大きさに拡張が決まりました。早苗さんは責任者として、現在ある店を整理して、新店舗の予算の見積もり、デザイナーと共に内装を決め、プレゼンをして、ビルの管理部門や本社との打合せ、業者との契約の前に交渉作業など、気の抜けない仕事を連日こなしています。


    予防に効果があるという報告もあります。

    病気が引き起こされることになります。

    ストレスがあって以前、アルバイトから正社員となってレストランの店長として行ったのが10年余り前。あの頃は若かったし更年期もなかった。やってやろうという気持ち満々でしたが、今は違います。まもなく工事が始まり戻ってきてから今がいちばん大変です。でも、もしかしたら私はこの仕事が好きかもしれないという気持ちが支えになっていまますが、それを考えていると心臓がバクバクして、安定剤を飲まないと眠れないと早苗さんは打ち明けます。
    当分の間、安定剤を手放せない毎日が続きそうです。【体験症例⑦】「かつて体験したことのないストレス」
    次にご紹介する例は幸運にも退職を選択できた症例です。
    本橋小夜子さん仮名·48歳は今春、28年勤めた小学校教師を退職しました。
    更年期障害
    心身症
    ウツ病と診断され、数カ月の病気欠勤の後に、涙をのんで出した結論です。根がまじめで頑張り続けてきた小夜子さんに、神様が与えたしばしの休憩時間なのでしょうか。医師から「あなたはこれまでまじめに手をここらでしばらく休みなさい」
    と勧められたとき、小夜子さん抜かずに一生懸命やってきたはずだ。だから、は正直救われた!と思ったといいます。現代社会は人間関係が単純ではなくなり、その人間関係が想像以上に大きなストレスとなって、心身を直撃します。
    小夜子さんの病気のきっかけも、4月に転校した新しい職場での人間関係がきっかけでした小夜子さんは結婚して20年。
    自営業の夫と高校3年と中学3年の男児の4人暮らし新しく赴任した学校では3年生の担任に。クラスは33年上の女性教師A先生と産休を埋めるための講師小夜子さんがA先生をさしおいて、学年主任になったのには訳がありましたA先生はいわば問題の人物。
    れまで1度でも同じ学年になった先生は、もう2度と組みたくないと敬遠されていたのを、赴任してまもなく知りました。担任が決まって早々、「今年はあなたが犠牲者よ」、「A先生と組んだ先生はみんな病気にもなるのよ」と、何人もの教師から耳打ちされました。
    気持ちがまっすぐな小夜子さんは、最初のうちはなにもわからず、う、とみんなの話をまにうけていませんでした。

    症状への効果が期待できる

    医師にかかって処方してもらいそうはいってもいいところもあるでしょところが、それが事実だとわかるのにそう時間はかかりませんでした先生はすべてに非協力的学年会議で決めごとをしても、決して実行しない。学年の教材研究も、小夜子さんの提案に対してそれはやりたくないと反発したり、それはいいですねと言いながら自分のクラスではやろうとしなかったり。1か月もたたないうちに、責任者として学年運営に行き詰まり、「かつて体験したことのないストレス」を感じていましたA先生とは日に日に、うまくやるのは無理かもしれないという思いが広がり、その不安は不眠へとつながっていきました。新学期が始まって1カ月とたたないうちから、床についてから学校のことを考えると眠れなくなりました。うまく眠れても、夜中の2時3時に目が覚め、A先生のことを考えてしまうのです。とくに学年会議の前日がだめでした。
    A先生の正体が明らかになるにつれ、なにも知らない転勤したばかりの自分に、に対する不信感も、いやおうなく募っていきました。
    難題を押しつけた教師集団6月に入って悶々としていたところ、保健婦のB先生から声をかけられました顔色も悪いし、声にはりもないし、元気もないけれど、どうしたの涙ながらにたまっていたものを吐き出しました。
    「とにかく学校のことはすべて忘れて病院へ行きなさい。私もそういう経験があるのよ。
    子どもに元気な顔笑顔を見せるためにも、家庭で元気でいるためにも、これからのあなたのためにも、とりあえずすぐに病院へ行くのが大事」
    と、B先生は強く背中を押し、私はここへ行ったと大阪医科大学の後山尚久医師を紹介してくれましたさらに「病院に行く前に管理職にきちんと事情を説明したほうがいい」とアドバイスも。
    小夜子さんが校長と教頭にこれまでの事情を打ち明けると、校長はあなたに、もうがんばれとは言いません。そこまでだとは思わなかった。
    しよう!
    これからいっしょに考えていきまと言いました。なぐさめられた小夜子さんは気持ちが少し楽になったといいます。
    「うまくやっていた先生もしたんだから、きみもがんばりなさい」
    一方、教頭の言葉はこの一言で小夜子さんは、教頭先生に対してすっかり心を閉ざしてしまいました。


    病気で苦しんでいる人たち

    自宅に訪ねてきたり、電話が入ったりするとそれだけで具合が悪くなるほどでしたその後、病欠中、教頭が「とにかく話したいことは全部聞いてもらった」
    小夜子さんにとって救いだったのは、家族の全面的な理解が得られていたことです。
    もしかしたら、学校をやめることになるかもしれないと打ち明けていましたとにかくだれか専門の医療者にすがって楽になりたい、胸のうちを吐き出したいと、紹介された後山医師のところにかけこみました。
    「これまでいやなことをたくさん乗り切ってきたんです。子育てと仕事の両立で大変な思いもしているし、若いときには職場で教師の陰湿ないじめにもあっています。でも、それを乗り切ってきた。今回のことなどうまく乗り越えられると思っていたのに……」
    そう訴える小夜子さんの話を、後山医師はウン、ウンと聞き続けました。「とにかく話したいことは全部聞いてもらったというくらい、十二分に聞いてもらった」あと、後山医師はこう言いました。
    「若いときに乗り越えられても、もう今は無理はきかない。がんばったらだめ。それにストレスをそんなにめこんではいけませんね。
    点を持てるとは思えない休みなさい」
    話を聞いているとA先生はあなたがいくら努力しても変わらないし、これからも接距離をおいて付き合うしかないんじゃないかな。いずれにしても、しばらく学校をすぐに病気欠勤のための診断書を書いてくれました。

    診察の結果をB先生に報告すると「最初の診察を受けてすぐ病欠の診断書が出たというのは、予想以上に悪かったのね」
    それにしても保健婦の先生に勧められ、わけもわからず飛び込んだ先が更年期外来だったとは。小夜子さんは病院からの帰途、気分が落ちつき初めて気づいたと言います。「更年期障害なんて、仕事をバリバリやっている私にはありえないと思っていました。でも、あとから『仕事を持っている人のほうが、家庭の主婦よりストレスが多いからなりやすい』と先生から聞いて、なるほどと納得しました」
    6月から3か月間の病気欠勤胸にたまった鉛のかたまりをはきだし、A先生と顔をあわせることがなくなった小夜子さんは、処方された睡眠剤と安定剤で昼となく、夜となく眠り続けました。
    治療ができるかもしれない

    生活習慣のゆがみによってインスリン抵抗性が生まれる

    ホルモンが盛んに分泌まるで数十年の教師生活の疲れを一気に癒そうとするかのようにそして少しずつこれまでの自分を振り返る元気が出てくると、すぎなかったと気づきました。
    A先生とのことは単にウツ状態への引き金に前任校でも50代の女性教師と組んで、しんどい思いをしていました。校長から「いっしょにやれるのはおまえしかいない」と励まされ、3年間学年を組みました。その教師とは鋭く意見が対立することもありましたが教育に情熱があるという点では接点があったので、なんとか続けられました。それでも、学校に行くのがつらいと思う日が多くなり、自宅で吐き気をもよおすこともありました。
    その頃と前後して、ひとり暮らしの80歳を過ぎた母親が入退院を繰り返していました。小夜子さんは毎週土曜日は授業が終わると実家へ。日曜日は再び自宅に戻ると、子ども会の役員の仕事で週末もフル回転。たまったストレスはうまく解消されないまま、かなり限界まできていて、A先生の件は最後のだめ押しのようなものでした「自分と直面する機会を与えてもらった」
    小夜子さんは思います。若いときには大変なことはあっても、家に帰って壁に向かって大声で叫んで、涙を流せば、翌日はまた元気で出勤できたのに、なぜ今はそれができないの。
    更年期になると気力、体力の衰え、長年の疲労の蓄積でストレスへの抵抗力も弱くなっているのを実感せざるをえません。3か月間の病気欠勤が終わる頃、このまま小夜子さんを学校に戻したのでは症状がぶり返す、と後山医師は判断したのでしょう。
    「しばらく休みなさい。自分の仕事をきっちりやってきたのだから、あせる必要はないですよ」
    医師の説得に小夜子さんも納得休職を決断しました。ただ生徒たちに申し訳ない思いでいっぱい。自分を責め続けていました。しかし、休職の覚悟を決めてしまうと気持ちは少し落ちついたのか、以前から習ってみたいとずっと思っていたフルートのレッスンに通うように。その後、小夜子さんは退職を決意。A先生ともう一度学年運営をすることは考えられないといって、このまま転勤させてもらうのは、自分としては許せない。
    教師集団に対してもひっかかりを感じているし考えぬいたあげくの決断でした。
    後山医師の助言もありました。

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    薬を飲みつづけ

    薬の役目を果たすものとして応用できるんです。

    ストレスの原因となっている仕事からしばらく離れる更年期のウツの再して珍しいことではありません再発の予防はどうしたらよいか。渡辺昌祐川崎医科大学名誉教授の名著『うつ病は治る』保健同人社にこうあります。
    ひとつはストレスを防ぐことです。心の病気になる人は、まじめで責任感が強く、完全主義の人が多く、す。べてのことを精一杯やろうとします。そのためにいつも強いストレス状況にさらされています。
    そこで生き方を少し変えてみてください。仕事の量は8割程度にして、ストレスから解放される時間をつくり、気分転換を心がけることが再発予防に大いに効果があります。もうひとつ、心の病気は環境によって大いに左右されます。から、環境の調整が非常に重要です
    生き方を変える、環境を変える、この2つがポイントです。これまでの自分にはまるで考えられなかった症状が出てくる、これも更年期の更年期症状はまさに「これまでに体験したことのないもの」の連続です。たとえば、デパートが怖いレストランで食事ができない、人に会いたくない、会うのがこわい、電話に出られない、作り慣れた食事が作れないといった具合また、大野さんのように以前なら簡単に解消した症状がなかなか改善されないのも更年期の特徴かもしれません。更年期の時期には本人をとりまくさまざまな種類のストレスが、複雑に重なり合っていることが多いせいでしょうかの介の負担軽くなると更年期、軽くなるのでしょうか女性にとって大きな負担となるのは老親の介護でしょう。更年期症状の原因が老親の介護によるストレスからきているものだとしたら、その負担が軽くなれば更年期の症状も軽くなるはずです。
    更年期のおかげで……
    と思えるようになした人生が得られるの心理学者の岡本祐子さんの説明によると、わたってつづく心の発達のプロセスの中で、いいます。中年期は「ライフサイクルにおける大きな転換期である。
    細胞とどれだけ似ているかにもよるんです。

    うつ状態が目立って


    うつである。

    >神経障害です。生涯に自己のあり方が根底から問いなおされる時であるともいえる」と私たちは中年(女性の場合は更年期と言い換えても)で自分の限界をさまざまに感じ、否定的な体験をしたEで、今後の生き方や生活の問いなおしを行います。そうして、大野さんがそれまでの生き方とは違った人生観を獲得したように、より自分を肯定できるその後の人生が見えてきたとしたら、本当にしめたものです。

    私はゆきづまっ

    たの……?
    女性にも目立つ昇進ウツ病
    仕事と人生を再編成する機会です。仕事を持つ女性たちの更年期を取材していて、わかりにくいと感じたことのひとつは、その症状が更年期のために起こるものなのか、それとも仕事の能力が限界に達しているからなのか、あるいは老化現象なのか。
    その判別が難しいという点でした走りつづけてきたキャリアウーマンたちにとって俵にゆきづまって前へ進めないと感じたときは、まるで羅針盤を失ったパイロットのように混乱状態になってしまいます。
    更年期には卵巣機能の停止によるホルモンの影響で、断力や決断力がなくなるケースがあります。一時的に記憶力が低下したり、抑ウツ状態に陥って判また、かつては男性の専売特許だった昇進ウツ病昇進や転勤などで、慣れない仕事の重圧や責任の増加などのストレスが加わり、ウツ状態になる人は多いと言われています。女性の社会進出が進み、企業の中で重要なポストにつく女性もみられるようになっているだけに、女性の昇進ウツ病が増えたとしても不思議はありません中には、更年期症状と昇進ウツ病が重なってしまうことも十分考えられます。


    医療保護入院

    症状が比較的早く出る

    認知症に関しては危険です。で責任あるポストにつく機会の多い時期です。
    年齢的にも更年期は組織のただ、私たちにとって真に重要な問題は、いまおきている症状が更年期なのか、昇進ウツ病なのかの診断をつけることではありません。更年期外来の治療でも、あるいは心療内科の治療でも症状の改善がみられないとしたら、いったいどうしたらいいのか。
    混乱の渦の中で堂々巡りをし、方向性を失って、決断ができなくなったとき、現在のストレス源となっている環境をガラッと変えてしまうのも、新たな可能性をみつけるきっかけになることが多いものです。ウツウツとした状態で昇進したポストにしがみついてもなんの進歩もありません。また、もし現在の職場で能力の限界を思い知らされたとしても、それがすべての能力の限界ではないのはいうまでもないでしょう。
    現在の仕事のゆきづまりは、更年期の後に始まる新たな人生で、別の能力に挑戦するきっかけをつくってくれたとも考えられるわけです。
    そのための準備期間、投資の時期と捉えるとしたら、更年期は次のステージで大きく成長する潜在能力が高められる魅力的な時と思えるのではないでしょうか【体験症例⑥】脳細胞が崩れたという感じかしら
    田口早苗さん仮名·55歳の例をみてみましょう。
    彼女の勤務する会社は全国にレストランを展開、惣菜やデザートのショップを全国のデパートにも出店する外食企業。
    りをかわれて正社員早苗さんはは30代半ばを過ぎてからレストランでアルバイトをしていたところ、に。
    を増やし、仕事ぶレストランの店長に抜擢されたのが43歳のときでした。
    以来8年]、赤字転落一歩手前にあった店の顧客売上げも順調に伸ばしてきました。
    早苗さんは独身で母親と2人暮らし。家のことは全部母親任せで、しく、どんなに忙しくても苦になりませんでした。
    夜遅くまで仕事の毎日でした。

    薬の役目を果たすものとして応用できるんです。

    症状で始まるとは限らず仕事は楽しかし、デパートが撤退することになり、それに伴いレストランの閉店を余儀なくされ、半年間は閉店のための残務整理に忙殺されました。店の閉店作業は、孤独で救いのない仕事でした。それでも几帳面な早苗さんは、自分をほめてやりたいほど完璧に清算作業を終えたといいます。
    その後、8年前、仕事の実績が評価され、本社の企画担当課長に抜擢されました。初めての本社勤務。
    正社員となったときには社員数も50人程度だった会社が、300人余りに急成長。
    未経験のポストできるらしいと、みんなが注目しているのも意識していました。30です。レストランで業績を上げて、の女性部下が3人つきました。
    40代おかしくなったのは本社に戻ってまだ日も浅い頃でした。仕事の内容が変わったせいもあって、てきぱきと進みません。以前なら資料は斜め読みで理解できたのに、4回も5回も読んでも頭に入りません。やっと理解ができても、責任者としての決断ができないのです。さらにそれまではなにごとも手作業だったのが、本社ではパソコンが1人に1台渡されたこともストレスになりました。パソコンも、本社のいかにもとがった感じの部下も、うまく使いこなすのはとても私には無理と、すっかり自信を失うことに会社では毎日オドオドして、言いたいことも言えない。仕事ができないヤツだと自分でも思い、人からもわれているだろうと感じるようになって。
    被害妄想ですよね「脳細胞が崩れていくという感じかしら」
    と早苗当時を振り返り、さんは表現します。そのときの状態をひとことでいうなら、毎朝、会社へ行くのがいやでいやでたまらなく、ふとんの中で大きなため息。会社へは毎日行くものの、今日辞めよう、明日は辞表を出そうと考える日々が続きました。といって独身で将来の生活を考えると、会社を簡単に辞めるわけにはいきません。


    うつになんかならない

    半年目の上司の評価は最低でした。思い余って最初にアルバイトで入ったレストランへ異動をさせてほしいと、社長に直談判。持病の十二指腸潰瘍が悪化し、仕事の打合せになるとおなかを抑えるような状態が続いてました希望通り、古巣のレストランに戻ることが決まり、それに伴い平社員に降格。給料も基本給と能力給合わせて8万円が引かれ、それに応じてボーナスの額も低くなり、年間100万円余りの減額という厳しい結果でした。不満は残りましたが、当時は現状のポストに身を置き続けるよりずっとましだと考えていました。のちに基本給まで減額されたのは不当だと抗議すべきだったと悔やむのですが、後の祭異動が決まると、年下の上司からこんないやみを言われました「レストランに戻るんだって。いいよなー、それであなたは生活できるんだから」
    独身で家族を養う義務や責任もない。

    い言葉に唇を噛むしかなかったものの、ていましたポストを投げ出せていいよなと言いたかったのでしょう。容赦なこのリストラの時代にクビにならなかっただけでもありがたいと思っところで、早苗さんの更年期症状は4849歳のころから始まったといいます。皮膚がカサカサになって、顔にはたけができたり、血圧が高くなったり、ホットフラッシュも多少はありました。しかし、イライラや仕事に自信が持てなくなる、不安になるといった精神的なものは、更年期と結び付けて考えたことはなかったようです。
    薬の効能も学べる看護学科が埼玉にある。

    治療の主眼に置いている

    症状がおさまらないときは更年期を疑ってください。しかし、古巣に戻って1年ほどたった頃のこと。新聞でメノポーズを考える会の存在を知り、会が主催したミニ講座に参加しました。専門家の話を聞いていて、ハタと「私って、もしかして更年期」と初めて思至ったといいます。更年期症状の中に、自分にあてはまる項目がいくつもあったからです。たとえば、「怒やすく、イライラする」「くよくよしたり、憂ウツになる」「寝つきが悪く、眠りが浅い」など新しい仕事に変わったとはいえ、自信をなくしてオドオドするほどになるなんて、本来の私としては考えられない。
    でも、あのときの私が病気だといわれたら納得もいくさっそく、婦人科を受診しました。血液検査の結果、「女性ホルモンの数値はゼロに近い、田口さんは更年期ですよ。クヨクヨしているのもそのせいですよ」といわれ、なんだやっぱりそうだったのかと内心ホッとしました。
    と同時に、このことをもう1カ月前に知っていれば、会社に対する対応は違っていたのにと悔やまれました『くそったれ』がストレス解消になるんです
    ただ、救いは仕事をやめなかったことでしょうか。
    医師から「更年期がつらくて仕事をやめていく人もいるんですよ」
    と言われて、そう思いました。
    早苗さんはさっそくHRTを始めました。しかし、結果的には期待したように症状は改善されませんでした「始めた人の体験を聞いていると、みなさん3週間目くらいからすごくよくなったとかおっしゃるじゃないですか。でも、私の場合、不安とかイライラはいつまでも治らないし、よくなったという実感は持てなかったんです」
    10カ月余り続けたところで、子宮筋腫が大きくなって中断漢方薬に切り換えても、効果はいまひとつ。HRTをやっていても漢方薬を飲んでいるときも、仕事にストレスがかかると、動悸が出て、夜眠れなくなるのは変わりませんでした。
    早苗さんの話を聞きながら、仕事を持つ女性が更年期になったときに出てくるさまざまな自律神経系の症状を、すべて更年期症状でくくってしまっていいのだろうか、ふと疑問に思いました。精神科ではサラリーマンの昇進ウツ病が少なくないと聞きます。女性の社会進出が進み、ストレスの多い管理職のポストにつく女性も増えてきました。

    に投稿

    ホルモンが分泌されるということです

    症状への効果が期待できる

    とくに更年期までの人生を振り返ってみると、できる女たちほど、組織の中で長年にわたって上司や部下たちに対して、どうしたら目標を達成できるか、どうしたらみんなを喜ばすことができるか、そのために邁進努力してきているのがわかります。
    そして、更年期に立ったとき、さまざまな心身の不調を体験します。これまでのようながんばりがきかなくなったとき、いったい自分はどうしちゃつたんだろうと注意が自分に向けられます。これまでの人生のほとんどの時間とエネルギーを仕事に費やしてきたこと、それが心身の不調の要因のひとつとなっていることに思い至ったとき、ふとこんな問い掛けがわいてきます。
    この先も(他者を喜ばせたり感銘させたり支配するために作り上げた)今のポストを維持し、エネルギーを投入し続けたいと思っているのノーという答えを出したとき、果してそれをどう解決していったらいいのでしょう。

    ここで登場する女性たちは医師の力だけに頼らず、自力で更年期症状を改善させる試みをしています。
    うまく解決の道筋をみつけた女性たちに共通するのは、素の自分ともう一度正面から向き合ってみる、その上で自分にとって大切なものはなにか。今まで最優先させていたものでも自分に合わなくなったものを捨て自分の生活の中で将来的になにが意味あるかということを明らかにして、取捨選択をし、身軽になる試みをしている点でしょうか。

    検査に頼りすぎると誤診してしまいます。医師には相談しない会社をすっぱり退職した例もあれば、仕事を整理して自分の得意分野に絞りこんでいく方法もを惜しまず興味ある新しい分野の勉強をして方向転換をする例も。
    また、投資更年期は更年期以降の人生にとってどんな意味を持つのか。飛躍的に延びた後半生はなんのために与えられているのか。そのことを考えるヒントを教えてくれる症例をご紹介します。
    【体験症例⑧】「私の老後はどうなってしまうのだろう」
    インテリアデザイナーの秋元逸子さん仮名·57歳が友人のひとことで初めて更年期を意識したのは48歳のころです。仲間と仕事の打合せをしているときに、意見の対立からどちらも引かずちょっとした言い争いになり、イライラを募らせ多少感情的にもなっていました。席を立った秋元さんの背中に「秋元さん、更年期じゃないの」
    という言葉がぶつけられました更年期4、5歳は若い友人からそういわれ、単に意見の違いからくる対立だと思っていたのが、更年期という言葉を持ち出されて逸子さんは面食らいました。
    と同時に更年期なんて言葉でひとくくりにされたのが不愉快でした。しかし、それ以来更年期という言葉は自分と無縁の言葉とは思えなくなったのも事実です。
    「これは単にものごとをストレートにはっきり言う私の性格の問題だと思うのですが。その性格のコントロルがきかないというのは更年期からくるんでしょうか。よくわからないですね」
    と、逸子さんはちょっと困った顔をします。
    それからしばらくたって仕事で大きな失敗をしました。
    インテリアショップでアドバイザーを勤める逸子さ言ってはいけない本心を口にしてしまって、お客は激怒んが、商品の苦情を訴えてきた消費者に向かって、店側にも迷惑をかけてしまいましたかつてインテリアデザイナーになりたてのころ、同じ失敗をしたことがありました。店のアドバイザーとして苦情処理も大事な仕事のひとつです。消費者の苦情に耳を傾け、それを店にも伝え、両者の関係をうまくおさめなければならないのに、逆に消費者に注意を促し激怒させてしまったのでした。それを貴重な反省材料として、以降そうした失敗は皆無だったのに、50歳のベテランになって同じ間違い。感情の抑制がきかなくなっている自分にとまどい、落ち込みました。
    更年期に多くみられる症状のひとつにイライラがありますが、逸子さんもそのころ、とにかくちょっとしたことでイライラしてつっかかり、友人たちと関係が悪くなったことが一度や二度ではありません
    と当時を振り返ります。

     

    症状をうまくコントロールするため

    イライラだけではありません。2年ほど前、海外出張から帰国したとき、いつもなら数日すれば疲れもとれて元気になっていたのが、疲れがなかなか回復しません。海外での仕事のストレスからか、胃けいれんをおこして病院へ駆け込む騒ぎに。その頃から集中力、気力がついていかず、仕事が思うようにこなせなくなりました。締切りが迫って気持ちは焦るのですが、ペースが上がりません。秋元さんは不安にかられ、不安は不眠へとつながっていきました。
    「体力がなくなり、気力も薄れ、このまま仕事ができなくなったら、私の老後はどうなってしまうのだろう」
    独身で一人暮らしの逸子さんはそう考えると眠れなくなります。
    思い詰めて死ぬしかないとまで考えるように。
    そんな不安を忘れようと、つい食べすぎ、飲み過ぎの日々が続き、人生で一番太った
    のもこのころで症状を聞いていると軽いウツ状態ですが、逸子さんは自力でなんとかしようと、解決の道をさぐります。

    こで、昼は毎日1時間程度のウォーキングを心がけ、夜のお酒を控えて体調の維持に努めましたそ2か月ほど続いた不眠を脱するきっかけは、ある決断でした。このままでは自分はだめになると危機感を抱いた逸子さんは、現在の仕事の幅を広げようとガーデニングを一から勉強することを決めます。「新しくいろいろ覚えなければならないのは大変ですけど、以前から興味があったことですから楽しみもあます。おかげで、これから先の方向性が決まったら、あれほど悩まされていた不眠はパタッとおさまってしまったんです」
    しかし、これですべて解決ではありません。更年期の試練はまだまだ続きます。最近の話ですが、趣味の俳句の会で3年前から会計係を担当していて、収支決算をしたところ、30万円の誤差を出したといいます。「単に収入と支出をつけていくだけの単純作業なのに、どうして!?医師の言葉こんなことさえもできないの?とショックですごく落ち込みました」。
    仕事ではこんなこともあります。海外取材で得た情報を顧客に話して伝えようとしたところ、以前なら覚えていたはずのことがぼんやりとしか記憶されていなくて、あわててしまいました。そうしたことが1度や2度ではありません。忘れないようにメモしておくのですが、悲しいかをいざメモが必要なときにすぐに出てきません。仕事でそんなことが繰り返されると、落ち込みを通りすぎて、このまま自分はどうかなってしまうのではないかという恐怖心がわいてくるといいます。「ジェット機ではなく自転車を楽しんでいいんじゃない」
    逸子さんはそんな自分の駄目さかげんを思い知らされることが続いて、これまでの自分はなんだったのだろうと改めて振り返らざるを得ませんでした。

    「私はこれまでずっとハードルを高く高く設定し続けて、いつもそのハードルを越えよう、越えようとがんばってきたんですよ。いってみれば、町の運動会でいい成績を出したのを自分はできると勘違いして、オリンピックを目指すようなことをしていたのではないか。それに気づいたときには冷や汗が出る思いでした。オリンピックどころか、今は自分の足元もグラグラして危うくなってきているんですから」
    失墜し続ける自己との信頼回復をどうしたらいいのか。どうすれば今一度確かな信頼関係を結べるのか、考えるとすごく落ち込むといいます。町の運動会と逸子さんは謙遜しますが、どうして、これまでの仕事ぶりは実に精力的。フリーのインテリアデザイナーとして住宅や店舗のデザインを手がけ、テレビや雑誌などにもアドバイザーとして登場し、大学でも講師として講座を持っています。

      1. 薬剤過敏性があるレビー小体型
      1. 認知症で保険が適用される
      1. 免疫力を低下させる。

    健康を阻害する食物になってしまうのです。

    著書も多く、不眠に悩まされ、仕事のペースが落ちたという時期にも1年に3冊出版しているほどのがんばりようです。ときどき、肩にずっしりのしかかっている仕事という荷をおろしたいと思うときがあると、逸子さんはさらにつらい胸のうちを打ち明けます。そんなふうに感じたことはこれまでありませんでした。でも、荷をおろしたら生きていけません。それに、そんなことを言いながらも仕事が好きで、精神的なよりどころだということもよくわかっています。そんな気持ちの間を振り子のようにいったりきたりしています。30代でこの仕事についてからは、とにかく仕事、仕事、仕事。理想とする人物がいて、その人をめざし、高い目標をかかげてひたすら仕事をしてきたんです。でも、もうそれをやめようと。私流で行こうと思えるようになってきました。友人に言わせると、私は上昇志向の強い人間らしいですが、いままではそうじゃないと否定していました。でも、最近になってもしかしたらそうだったかもしれないと気づいたんです。これからはジェット機や特急列車ばかりを使うのではなく、ときにはバスに乗ったり自転車や歩くのを楽しんでもいいじゃないか。ここ1、2年そういうふうに切りかえられるようになってきました
    荷は降ろせませんが、軽くすることはできるというわけです。
    また、こんなことも。
    3年前に買ったマンションの20年ローンが負担になっていました。
    最近、知人のアドバイスを受けて、老後のためにたくさんかけていた保険の一部を解約し、ローンの返済にあて、返済期間を半分にしました。そうすると60代半ばで返済は終わり、賃貸しが可能に。少し気持ちが軽くなりました「体験して思うのは、更年期ってそれまでとりつくろっていたものがはがれて、地金が出てしまう時期じゃないでしょうか。地金が出て、改めてそれ以降の人生をどう過ごすかを考える、更年期の体験はそれをみつめるきっかけかもしれません」
    逸子さんはそうしみじみ語ります。
    地金が出た素の自分と向き合うのはときには苦痛を強いられます。でも、そうしないかぎりこの先前へ進めなくなるのが、更年期かもしれません。
    治療が大切な時期です。

    DNAを修復する

    心も身体もこれまでとは同じペースではがんばりきれないと悲鳴をあげたとき、やはり素の自分ってどんなだったの、と問いかけることは大切ではないでしょうか更年期は57歳になったいまも続いているような気がします。でも、更年期はこれからの新たな生活への助走期間でもあり、エネルギーの蓄えの時期でもあるように思えてきました。一時、不安、焦燥感から不眠になったとき、暴飲暴食をして逃げていたけれど、もう逃げてはいけないと胆に命じています。失敗に対してきちんと向き合って、駄目な点を反省して、それを繰り返さないように努力する。それが基本ですねと再び決意を語る逸子さん。更年期に心と身体が異変をおこし、自分自身が信じられなくなったとき、だれもが体験したことのないような不安や恐怖心に襲われます。医療者や薬に頼ることなく、自力で乗り越えた逸子さんの更年期に負けない強さは、いったいどこからくるのかと改めて考えさせられます。
    それは、発想を切り換えて潔く変化に対応する柔軟さと、自己の信頼回復のための地道な努力を惜しまない姿勢かもしれません。
    【体験症例@l私もそろそろ人生の転機が来るのかを自らを「動物占いでは全力疾走のチータ」
    と表現し、まさにチータのように全力疾走で走り続けてきたとい47歳で会社を退職、う横山智子さん仮名·56歳。大手出版社の編集部でキャリアを積み、書籍、雑誌、ビデオなどの出版を手がけています。自ら会社を設立。
    家族は同じ年の夫と大学1年の長女の3人暮らし。
    智子さんの更年期は、編集者という職業柄か情報量も多く、自身のことについても少なからず分析的で客観的な視線を向けていて、興味深いものがあります。智子さんの更年期のつらい時期は52歳から55歳くらいまで、4年ほど続きました。閉経は53歳。それより少し前、生理があったりなかったりしていた時期、あとから振り返るとその頃からウツ状態は始まっていました。
    退職してまもなく、頼まれた大きな仕事に全力投球し、狙いはことごとく的中して、企画は大成功。大きな自信につながりました。会社も軌道にのりつつある頃でした。なんとなく体調が悪い、疲れやすいと感じていました。そんな頃、好奇心から知り合いの紹介で婦人科のドクターのところを訪ねました。飲んでいると若くいられると聞いたHRTについて関心を持ったからです。問診表に書き込んでドクターに見せると、ややウツ系かなと言われました。


    医師には相談しない 病気の有無 薬を飲みつづけ