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うつといって

これも更年期の混沌があり霧が深くなっていくような更年期を通過したとき、自分をとりまく景色が違ってみえたとしてもそれは驚くにあたりません。舞台が暗転して、第2幕、つまり午前とは違った午後の人生の始まりにふさわしい場面設定と思えればしめたものです。
自分をするのはむずかしいものそれができないからと自分を責めない他人のことはよくわかっても、自分のことはよくわからない。健康な状態でも自分を客観視するのはむずかしいもの。それが更年期のウツ状態になると、自分をマイナスに評価して責め、それでまた症状を悪化させがちです。ウツとはそういう病気だということをよく理解しましょう。ウツ状態を改善させるためには、薬の効果も侮れません。しかし、大事なことはストレスの元を断つこと。
キャリアウーマンの更年期を重くしている原因にありがちなのは社会的プレッシャー。ライフスタイルなどにも問題があるかもしれません。自分では気づきにくいことだけに、専門のカウンセラーの助けは効果的です。
が辞められないとに対する考えを変えてみましょうキャリアを持つ女性たちにとって最も大きなストレス源になっているのは仕事です。仕事を辞められればことは簡単でしょうが、だれにも可能なわけではありません。また、たとえやめたとしても、今度は仕事がないことがストレスになりかねないことも十分考えられます。
仕事を辞められないとしたら、仕事に対するこれまでの姿勢を変えてみることも、ストレスを軽くするコツです。がんばりやさんはどうしても常に自分の力量を出し切って仕事をしようとしがち。人に任せられない完璧にやらないと気がすまない、仕事によっては手抜きしてというのができない。そうするとストレスや疲れもたまりがちになります。ある仕事は90%、あるものは80%、ときには合格ラインぎりぎりの70%というのがあってもいいのでは更年期をすぎたらいつも出来る女は卒業です。30代、40代、50代、それぞれの年代で仕事のやり方は違うのが当然でしょう。

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  • 症状を引き起こします
  • 検査を予習として行ってはいけません。
  • ホルモンの分泌が極端に低下してくる。

ガン検診も忘れずに脉炎尿道から雑菌が入

よくならないかがあるとしたらを変えることを考えましょう更年期の諸症状はホルモンのバランスの崩れだけでなく、その人の置かれている環境的な問題や性格などもかなり大きく影響するということはすでに述べたとおりです。ホルモンの問題であればHRTで解決します。しかし、原因が環境的な問題からきているとしたら、HRTでは解決しません。対症療法的な処置として薬で症状を軽くすることはできても、根本的な解決にはなりません。やはり、環境を変えるか、環境を変えられないとしたら、自分の考え方、生き方を変えることを考える必要があるでしょうアイデンティティの再体制化のプロセス
それが更年期なのこれまでの症例でみてきたように、更年期の時期、女性たちはいままでにない心身の変化多くは否定的な変化ですがを体験しています。
そして、その思いがけないつらい体験が契機となって、これまでの自分の人生を振り返り、これから先の生き方を改めて模索し始めます。その結果、職場を退職したり、仕事の方向転換をしたり、さまざまに軌道修正を行っています。そして、多くの場合、より納得できる、より自分らしいと感じられる新たな人生を探りあてています。こうしたプロセスを心理学者の岡本祐子さんは「中年期のアイデンティティ再体制化のプロセス」と呼んでいます。むずかしい言葉ですが、わかりやすくいえば、自分自身が何なのか再び知り、自分をたて直す過程と理解してください。
の役にたつような仕事をしたい1ポスト更年期の生活を豊かにするヒント更年期からの人生、自分らしいと感じられる人生を模索するとき、大切な2つの軸があります。
それは自分自身の能力や可能性をさらに伸ばしていく楽しみと、自分はだれかの役にたっているという喜びです。

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認知症がタイプ

老人介護をする、自分の経験を活かして若い人を育てる、ボランティアで海外の人々と交流を持つ……そうした交流は人の役にたつだけでなく、自分自身に磨きをかけることにつながるのではないでしょうかの頃を思い出し、自分自身の原点に戻ってみるのも解決のひとつのこれまでの環境を変えてみようと思ったとき、あるいは後半生いったいどう生きていくのが自分らしいのか迷ったとき、自分自身の原点に戻ってみると解決の道が開けるかもしれません。子どもの頃、将来どんなことをしたいと考えていたのか、どんなことに目を輝かせていたのか思い出してみてください。けっこう、そこに自分らしさをみつけるヒントがあるものです。
に会うのが苦痛に感じる1更年期のウツ狀のひとつ。
あなただけではありません人に会うのがいや、外出がおっくう、電話に出るのもいやというのは、取材した更年期ウツ状態の方々に通した訴えでした。しかし、仕事を持つ女性たちは、どんなに具合が悪くても職場ではそんなそぶりを決して見せずに頑張ってしまいます。そのかわり週末はほとんど家に閉じこもっていて、家族とも口をききたくなかったと証言しています。
手の言葉を素直に受け止められない1更年期のウツ症状。

自分を責めないウツ状態になると、自分はつまらないだめな人間だと自分を責めます。実際には自分には責任のないことでも、自分が悪かった、自分のせいでこうなったと責めるのが、ウソの特徴のひとつ。まわりがどんなにそうじゃないと否定しても、自分にすっかり自信をなくしているため、相手の言葉を素直に受け止められません疑心暗鬼になっているのは自分のせいではなく、病気のせいだと知っておきましょう。
な人にも打ち明けられないからといってり切ろうとしないでください「更年期障害の重い人ほど話すことがいっぱいある」という証言を再度思い出してください。
けで乗り切れるものではありません。たとえば、ぎっくり腰が精神力だけで治るでしょうか。
病気は精神力だそれと同じです。
の家族や専門家の力を素直に借りることが大事です。

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うつ患者です

年期になると、会社の景色がいままでとは違って見えま40代半ばを過ぎて更年期の年齢になると、キャリアウーマンとしてバリバリ仕事をしてきた女性たちも、個人としてこの会社でどこまで自己実現ができるかという先が見えてくるものです。そのとき、独身女性はふと「結婚もしないで、自分はこんなことをしてきてよかったのだろうか」と、自分をポジティブに評価できなくなることがあるかもしれません。でも、これも「アイデンティティ再体制化のプロセス」の一場面ととらえてはいかがでしょう。

気の治療はまず自分が受け入れることからしか始まりません人に弱みを見せたくない、見せられない立場であったり、更年期障害やウツというのは甘えがある人がなるといった偏見。キャリアウーマンが更年期を自分の問題として受け止めにくい理由です。
更年期障害ということ、あるいはウツ病というのは、いままでキャリアを積んできた自分自身を否定することにつながりかねないと信じている人がけっこう多いと、池下育子医師は指摘します。
病気の治療はまず自分が受け入れることからしか始まらないと、肝に命じておくことが大事です。異変を感じてからの対応が迅1とにかくもうためらってはいけないのが更年病気はすべて早期発見、早期治療が症状をこじらせないための秘訣です。もし、いつもと違うなにかの症状が2週間たっても消えないときには、専門家を訪ねましょう。

ストレス解消に役立ちます

かかりつけのドクター、あるいはその症状の専門医を受診して、症状がよくならないときは念のため更年期外来を受診するのが、更年期年齢の女性の常識と覚えておきましょう。
年期に対して抵感をもっていてしい情報を得ることができませんまさに備えあれば憂いなし。更年期には多かれ少なかれ何らかの身心の異変がおこりがち。
情報を集め、ある程度の知識を持っておくことをお勧めします。
そう思って中高年になるとできにくくなると覚しておくといいでしょう最近は男性なみに女性にも責任ある仕事をさせる企業も増えています。といって、組織の中で女性と男性は対等かというと決してそうではありません。上昇志向をもって組織で仕事をバリバリやってきた人ほど、見えないガラスの天井の存在を思い知らされるもの。
その天井にぶちあたって前にも進めず、といって後にもひけないというストレスも、キャリアウーマンの更年期にはつきものです。
残念ですが、現実として知っておく必要があるのでしょう。
を必要とする時でもありま老親の介護の問題は仕事を持つ女性にとっては、仕事と介護の両立を考えると、親思いであればあるほど葛藤もストレスも大きくなります。更年期症状を重くさせる大きな原因のひとつです。
婦人科のドクターの野末悦子さんは乳ガンの体験者というハイリスクをおして、HRTを選択し、親の介護をまっとうしたと伺ったことがあります。親の介護のために仕事をやめる選択をする人、薬の力を借りてがんばる人、いずれにしても老親の介護は更年期と重なることが多いのが現実です。のしている時更年期状が出る時。
備えあいなし更年期症状の出るタイミングは、体験者の話をうかがった印象では、大きな仕事をがんばってやっている最中より、むしろ一段落したときに出やすいようです。
「別に体調を崩す理由などないのに」と原因が思い当たらないのに、て下さい。
なんとなくヘンなときは、更年期を疑っ更年期は第2の成人期の始まり。

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ガンと心臓病といえば
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医療施設とネットワークを作っています

この本で第2成人期のすばらしさが理解してもらえましたか私たち日本女性の寿命はこの半世紀で飛躍的な伸びをとげました。その一方で、女性の閉経年齢は平均寿命が50歳のときも、86歳の今も変わらず、50歳前後です。ちょっと不思議な感じもしますが、いまや私たちは30年余りも女性ホルモンのない状態で生きていかなければならない時代なのです。
ところで、自然界で閉経後もその人生を永らえる哺乳動物は、人間だけだということをご存じでしょうか。
その人間も、つい最近になって大集団で閉経後の長い人生を獲得したばかり。女性ホルモンに関して生物としては前代未聞人類としてもその歴史が始まったばかりの事態の中に、私たち更年期の女性たちは入っていこうとしています。はたして健康はどこまで保障されるのでしょうか。

女性ホルモンのエストロゲン製剤プレマリンが初めて世に出たのは半世紀余り前のことです。
その後女性ホルモン補充療法として治療法が確立し、更年期障害の治療法としてだけでなく、ポーター役として登場したのは、このことと無縁ではありえないでしょう。
閉経後の健康維持のサ女性ホルモンが不足すると身体のあちこちにガタがくることはすでに明らかになっています。そして私たちの世代は今のお年寄りのように「こんなに長生きするとは思わなかった」と言いながら7080代、あるいは90代を迎える時代ではありません。自分の母親以上に長生きすることを前提に、目、歯、骨、血管……自分自身の住処である身体の修理、保守、点検をするなどの備えが不可欠なのです。

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ホルモンが分泌されるということです

症状への効果が期待できる

とくに更年期までの人生を振り返ってみると、できる女たちほど、組織の中で長年にわたって上司や部下たちに対して、どうしたら目標を達成できるか、どうしたらみんなを喜ばすことができるか、そのために邁進努力してきているのがわかります。
そして、更年期に立ったとき、さまざまな心身の不調を体験します。これまでのようながんばりがきかなくなったとき、いったい自分はどうしちゃつたんだろうと注意が自分に向けられます。これまでの人生のほとんどの時間とエネルギーを仕事に費やしてきたこと、それが心身の不調の要因のひとつとなっていることに思い至ったとき、ふとこんな問い掛けがわいてきます。
この先も(他者を喜ばせたり感銘させたり支配するために作り上げた)今のポストを維持し、エネルギーを投入し続けたいと思っているのノーという答えを出したとき、果してそれをどう解決していったらいいのでしょう。

ここで登場する女性たちは医師の力だけに頼らず、自力で更年期症状を改善させる試みをしています。
うまく解決の道筋をみつけた女性たちに共通するのは、素の自分ともう一度正面から向き合ってみる、その上で自分にとって大切なものはなにか。今まで最優先させていたものでも自分に合わなくなったものを捨て自分の生活の中で将来的になにが意味あるかということを明らかにして、取捨選択をし、身軽になる試みをしている点でしょうか。

検査に頼りすぎると誤診してしまいます。医師には相談しない会社をすっぱり退職した例もあれば、仕事を整理して自分の得意分野に絞りこんでいく方法もを惜しまず興味ある新しい分野の勉強をして方向転換をする例も。
また、投資更年期は更年期以降の人生にとってどんな意味を持つのか。飛躍的に延びた後半生はなんのために与えられているのか。そのことを考えるヒントを教えてくれる症例をご紹介します。
【体験症例⑧】「私の老後はどうなってしまうのだろう」
インテリアデザイナーの秋元逸子さん仮名·57歳が友人のひとことで初めて更年期を意識したのは48歳のころです。仲間と仕事の打合せをしているときに、意見の対立からどちらも引かずちょっとした言い争いになり、イライラを募らせ多少感情的にもなっていました。席を立った秋元さんの背中に「秋元さん、更年期じゃないの」
という言葉がぶつけられました更年期4、5歳は若い友人からそういわれ、単に意見の違いからくる対立だと思っていたのが、更年期という言葉を持ち出されて逸子さんは面食らいました。
と同時に更年期なんて言葉でひとくくりにされたのが不愉快でした。しかし、それ以来更年期という言葉は自分と無縁の言葉とは思えなくなったのも事実です。
「これは単にものごとをストレートにはっきり言う私の性格の問題だと思うのですが。その性格のコントロルがきかないというのは更年期からくるんでしょうか。よくわからないですね」
と、逸子さんはちょっと困った顔をします。
それからしばらくたって仕事で大きな失敗をしました。
インテリアショップでアドバイザーを勤める逸子さ言ってはいけない本心を口にしてしまって、お客は激怒んが、商品の苦情を訴えてきた消費者に向かって、店側にも迷惑をかけてしまいましたかつてインテリアデザイナーになりたてのころ、同じ失敗をしたことがありました。店のアドバイザーとして苦情処理も大事な仕事のひとつです。消費者の苦情に耳を傾け、それを店にも伝え、両者の関係をうまくおさめなければならないのに、逆に消費者に注意を促し激怒させてしまったのでした。それを貴重な反省材料として、以降そうした失敗は皆無だったのに、50歳のベテランになって同じ間違い。感情の抑制がきかなくなっている自分にとまどい、落ち込みました。
更年期に多くみられる症状のひとつにイライラがありますが、逸子さんもそのころ、とにかくちょっとしたことでイライラしてつっかかり、友人たちと関係が悪くなったことが一度や二度ではありません
と当時を振り返ります。

 

症状をうまくコントロールするため

イライラだけではありません。2年ほど前、海外出張から帰国したとき、いつもなら数日すれば疲れもとれて元気になっていたのが、疲れがなかなか回復しません。海外での仕事のストレスからか、胃けいれんをおこして病院へ駆け込む騒ぎに。その頃から集中力、気力がついていかず、仕事が思うようにこなせなくなりました。締切りが迫って気持ちは焦るのですが、ペースが上がりません。秋元さんは不安にかられ、不安は不眠へとつながっていきました。
「体力がなくなり、気力も薄れ、このまま仕事ができなくなったら、私の老後はどうなってしまうのだろう」
独身で一人暮らしの逸子さんはそう考えると眠れなくなります。
思い詰めて死ぬしかないとまで考えるように。
そんな不安を忘れようと、つい食べすぎ、飲み過ぎの日々が続き、人生で一番太った
のもこのころで症状を聞いていると軽いウツ状態ですが、逸子さんは自力でなんとかしようと、解決の道をさぐります。

こで、昼は毎日1時間程度のウォーキングを心がけ、夜のお酒を控えて体調の維持に努めましたそ2か月ほど続いた不眠を脱するきっかけは、ある決断でした。このままでは自分はだめになると危機感を抱いた逸子さんは、現在の仕事の幅を広げようとガーデニングを一から勉強することを決めます。「新しくいろいろ覚えなければならないのは大変ですけど、以前から興味があったことですから楽しみもあます。おかげで、これから先の方向性が決まったら、あれほど悩まされていた不眠はパタッとおさまってしまったんです」
しかし、これですべて解決ではありません。更年期の試練はまだまだ続きます。最近の話ですが、趣味の俳句の会で3年前から会計係を担当していて、収支決算をしたところ、30万円の誤差を出したといいます。「単に収入と支出をつけていくだけの単純作業なのに、どうして!?医師の言葉こんなことさえもできないの?とショックですごく落ち込みました」。
仕事ではこんなこともあります。海外取材で得た情報を顧客に話して伝えようとしたところ、以前なら覚えていたはずのことがぼんやりとしか記憶されていなくて、あわててしまいました。そうしたことが1度や2度ではありません。忘れないようにメモしておくのですが、悲しいかをいざメモが必要なときにすぐに出てきません。仕事でそんなことが繰り返されると、落ち込みを通りすぎて、このまま自分はどうかなってしまうのではないかという恐怖心がわいてくるといいます。「ジェット機ではなく自転車を楽しんでいいんじゃない」
逸子さんはそんな自分の駄目さかげんを思い知らされることが続いて、これまでの自分はなんだったのだろうと改めて振り返らざるを得ませんでした。

「私はこれまでずっとハードルを高く高く設定し続けて、いつもそのハードルを越えよう、越えようとがんばってきたんですよ。いってみれば、町の運動会でいい成績を出したのを自分はできると勘違いして、オリンピックを目指すようなことをしていたのではないか。それに気づいたときには冷や汗が出る思いでした。オリンピックどころか、今は自分の足元もグラグラして危うくなってきているんですから」
失墜し続ける自己との信頼回復をどうしたらいいのか。どうすれば今一度確かな信頼関係を結べるのか、考えるとすごく落ち込むといいます。町の運動会と逸子さんは謙遜しますが、どうして、これまでの仕事ぶりは実に精力的。フリーのインテリアデザイナーとして住宅や店舗のデザインを手がけ、テレビや雑誌などにもアドバイザーとして登場し、大学でも講師として講座を持っています。

    1. 薬剤過敏性があるレビー小体型
    1. 認知症で保険が適用される
    1. 免疫力を低下させる。

健康を阻害する食物になってしまうのです。

著書も多く、不眠に悩まされ、仕事のペースが落ちたという時期にも1年に3冊出版しているほどのがんばりようです。ときどき、肩にずっしりのしかかっている仕事という荷をおろしたいと思うときがあると、逸子さんはさらにつらい胸のうちを打ち明けます。そんなふうに感じたことはこれまでありませんでした。でも、荷をおろしたら生きていけません。それに、そんなことを言いながらも仕事が好きで、精神的なよりどころだということもよくわかっています。そんな気持ちの間を振り子のようにいったりきたりしています。30代でこの仕事についてからは、とにかく仕事、仕事、仕事。理想とする人物がいて、その人をめざし、高い目標をかかげてひたすら仕事をしてきたんです。でも、もうそれをやめようと。私流で行こうと思えるようになってきました。友人に言わせると、私は上昇志向の強い人間らしいですが、いままではそうじゃないと否定していました。でも、最近になってもしかしたらそうだったかもしれないと気づいたんです。これからはジェット機や特急列車ばかりを使うのではなく、ときにはバスに乗ったり自転車や歩くのを楽しんでもいいじゃないか。ここ1、2年そういうふうに切りかえられるようになってきました
荷は降ろせませんが、軽くすることはできるというわけです。
また、こんなことも。
3年前に買ったマンションの20年ローンが負担になっていました。
最近、知人のアドバイスを受けて、老後のためにたくさんかけていた保険の一部を解約し、ローンの返済にあて、返済期間を半分にしました。そうすると60代半ばで返済は終わり、賃貸しが可能に。少し気持ちが軽くなりました「体験して思うのは、更年期ってそれまでとりつくろっていたものがはがれて、地金が出てしまう時期じゃないでしょうか。地金が出て、改めてそれ以降の人生をどう過ごすかを考える、更年期の体験はそれをみつめるきっかけかもしれません」
逸子さんはそうしみじみ語ります。
地金が出た素の自分と向き合うのはときには苦痛を強いられます。でも、そうしないかぎりこの先前へ進めなくなるのが、更年期かもしれません。
治療が大切な時期です。

DNAを修復する

心も身体もこれまでとは同じペースではがんばりきれないと悲鳴をあげたとき、やはり素の自分ってどんなだったの、と問いかけることは大切ではないでしょうか更年期は57歳になったいまも続いているような気がします。でも、更年期はこれからの新たな生活への助走期間でもあり、エネルギーの蓄えの時期でもあるように思えてきました。一時、不安、焦燥感から不眠になったとき、暴飲暴食をして逃げていたけれど、もう逃げてはいけないと胆に命じています。失敗に対してきちんと向き合って、駄目な点を反省して、それを繰り返さないように努力する。それが基本ですねと再び決意を語る逸子さん。更年期に心と身体が異変をおこし、自分自身が信じられなくなったとき、だれもが体験したことのないような不安や恐怖心に襲われます。医療者や薬に頼ることなく、自力で乗り越えた逸子さんの更年期に負けない強さは、いったいどこからくるのかと改めて考えさせられます。
それは、発想を切り換えて潔く変化に対応する柔軟さと、自己の信頼回復のための地道な努力を惜しまない姿勢かもしれません。
【体験症例@l私もそろそろ人生の転機が来るのかを自らを「動物占いでは全力疾走のチータ」
と表現し、まさにチータのように全力疾走で走り続けてきたとい47歳で会社を退職、う横山智子さん仮名·56歳。大手出版社の編集部でキャリアを積み、書籍、雑誌、ビデオなどの出版を手がけています。自ら会社を設立。
家族は同じ年の夫と大学1年の長女の3人暮らし。
智子さんの更年期は、編集者という職業柄か情報量も多く、自身のことについても少なからず分析的で客観的な視線を向けていて、興味深いものがあります。智子さんの更年期のつらい時期は52歳から55歳くらいまで、4年ほど続きました。閉経は53歳。それより少し前、生理があったりなかったりしていた時期、あとから振り返るとその頃からウツ状態は始まっていました。
退職してまもなく、頼まれた大きな仕事に全力投球し、狙いはことごとく的中して、企画は大成功。大きな自信につながりました。会社も軌道にのりつつある頃でした。なんとなく体調が悪い、疲れやすいと感じていました。そんな頃、好奇心から知り合いの紹介で婦人科のドクターのところを訪ねました。飲んでいると若くいられると聞いたHRTについて関心を持ったからです。問診表に書き込んでドクターに見せると、ややウツ系かなと言われました。


医師には相談しない 病気の有無 薬を飲みつづけ